午前中、通学路

 喜会荘から山雛高校まではさほど遠くない。おおよそ十分でたどり着くことができる。なので、早起きさえすれば、幼馴染と一緒に朝食を食べ、そこから一緒に登校することもできる。

 他の新入生たちの姿を視界の端に捉えつつ、草江くさえ れん四季しきとともに入学式へと向かっていた。

 

「学校が近いと助かるよね」

「……そうだね。中学のときは遠かったから……」


 何気なく振った話題に、どこか沈んだような声が返ってくる。

 怜は思わず溜息を漏らしてしまった。


「朝っぱらから暗いね、四季は。なんか居候の連中に嫌なことでも言われたの?」

「別に。そんなんじゃないけど」

『四季さん、制服着て学校行くのが嫌みたいですよ』


 にゅっ、と四季の体から半透明の顔が浮き上がる。怜は顔をしかめて迎え撃った。いつの間にか四季の『守護霊』として収まった幽霊、小夜子さよこだ。

 怜はこめかみに指を当て、声の代わりに念話を送る。


 <なに。お前、学校まで憑いてくる気?>

『なんかあったときのためにそうしておいたほうがいい、ということで満場一致しました! 私でも助けを呼びに行くことくらいはできますし』


 どこか得意げな顔で言われる。言葉の内容はわりと情けないとはいえ、実際に有事の際には役立ちそうなのがなお腹立たしい。

 怜は幽霊から視線を下ろし、改めて四季を見つめる。青みがかった銀の髪に褐色の肌という『異世界から来ました!』と主張してもおかしくないような要素と、顔立ちの幼さや背の低さ、それに反比例するような胸の大きさなど、いろいろな意味で高校生離れした要素が入り混じり、なんだか浮世離れしている。

 とはいえ。


「服装、そんな気にしなくてもいいと思うんだけど。そこまで違和感ないよ」


 それと制服姿がそこまでミスマッチをおこしているわけでもないのが不思議なところだ。

 口を一文字に結んでいた四季が、ぼそりと呟く。


「怜のほうが似合ってる」

「へ? ……そ、そう? ありがとう……?」

「うん。けど俺の場合はさ、変か変じゃないかって問題じゃなくて。単なる気持ちの問題というか……」


 そう言って、彼女かれは困ったように視線を逸らした。

 怜は不意に理解し、危うく声をあげそうになる。彼女かれ。今の外見はともかくとして四季は男なのだ。

 女物の制服を着るのには、いまだに抵抗があるということなのだろう。


「そっか。ごめん、次から気をつける。……でも四季、中学の頃も制服着なきゃいけなかったんじゃないの?」

「あのときは式典のときだけ着ればよかったから。普段はジャージで過ごしても何も言われなかったし……ねえ、高校で同じことやったら怒られるかな?」

「聞かないとわからないね」


 なんとも難儀な悩みだ。どう手助けすればいいものやら。

 そうこうしているうちに、山雛高校はすぐそこにある。校庭で咲き誇る桜を横目に見ながら、怜たちは入学式会場である体育館へと向かう。


 ……二人は最後まで気づかない。電線の上を伝い、音もなく追ってきていた銀色の怪異の存在に。

 校門より学校の敷地に入っていく怜たちの背を凝視していたその怪異は、手の甲に留まらせた青色の蜘蛛に何事か囁いた。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 異界、化物寺。現世が何時であろうと、常に夕陽に照らされる地。

 その本堂にて、薄青い鬼女……めぐりが終結した影たち、自身の手勢である『御庭番』たちをぐるりと見回した。


居待月いまちづきから報せだ。ひとまず若旦那たちは無事に学び舎に着いた」

「あらまあ。あの子、今度はばれずにやり遂げたのですね」


 その隣からのほほんとした声が上がる。堂内に小さな笑いが広がった。

 巡から一瞥を受け、声の主は小さく頭を下げる。黄色の地に黒の蜘蛛の巣模様をあしらった着物姿。その手は袖に隠れて伺えない。


「余計な茶々を入れるんじゃない、浄蓮じょうれん。……さて、あんたたちを集めたのは他でもない。事と次第にもよるが、少し働いてもらうときがきたようだ」

「学舎の百鬼夜行、でしたか」

「ああ。若旦那に憑いていた幽霊が天照どもあのれんちゅうから得てきた情報だ。規模も練度もわからんが、一悶着あると見て間違いはなかろう」


 断言する。

 例の人の子にちじょうしきは怪異を惹き寄せる。本人が意識せずとも、向かう先に怪異がいる以上、その霊気に引き寄せられるに相違なし。

 あの退魔師だけでどうにかなるならそれでよし。しかし幽霊からの話を聞く限り、そう簡単に話が進むとも思えぬ。


 ふん、と。誰かが侮蔑的に鼻を鳴らした。

 巡は無表情にそちらを見やる。音の主はすでにこちらを睨んでいた。

 夕陽に照らし出されたのは、中折れ帽にダークスーツという、ある意味この場にそぐわない出で立ちの怪異。


「……なにか言いたいことでもあんのかい、テューラ」

「あるともさ。敵がいるとわかってんならよ、こんな悠長にやってる暇はねえだろう。とっとと踏み込んで叩き潰しちまえばいい!」


 勢い込んで、テューラと呼ばれた怪異が床を叩く。派手な音が響いた。巡はわずかに目を細める。

 この怪異はもともと山ン本所縁の者ではない。巡が諸国を回っている間に交戦し、叩き伏せ、従えたのだ。

 空気がわずかに張り詰める。


「ふ、ふ」


 そこに割って入ったのは、含み笑い。巡の左隣に座る、浪人風の出で立ちの女。名を追腹おいはらという。

 頬杖をついた彼女は、笑みを含んだ視線をテューラに向けた。


「相変わらず血の気の多い。若さとはいいものだな」

「あァ?」

「いやな。元気が有り余っているようであれば、俺が遊んでやってもいいと思ってな」


 音を立ててテューラが飛び退る。追腹が笑みを深め、片膝を立てた。

 その頭を、巡は閉じた扇子で軽く叩く。


「阿呆が。混ぜっかえすんじゃアない」

「おお、これは失礼。では話を戻すとしましょう。つまるところ、学舎の怪異の様子を見てからでも動くのは遅くはない。巡殿はそう見立てておられる。それでよろしいですかな?」

「あァ、そうさね……相手がまだ若旦那に敵対すると決まったわけでもない。そんな頃合いに殴りこんでみろ、確実に戦だ。あんたら馬鹿どもはそれでいいかもしれんが、あたしはそんな面倒なこと御免被る」


 最後の言葉は、テューラに向けて言ったものだ。

 スーツの怪異は舌打ちし、ばつが悪そうに元の場所へ戻る。

 巡は小さく口の端を釣り上げた。


「そう不貞腐れるこたァない。もし学舎の怪異どもが少しでも若旦那に仇なすようであれば、あんたの出番だ。あとラタン。あんたもね」

「はあ。私ですか」


 気のない返事をよこしたのは、トレンチコート姿の怪異。こちらもまた、テューラと同じく山ン本組崩壊後に加入した者の一人だ。

 彼女はテューラを見やり、小さく頷く。


「まあ、妥当ですな。こいつ一人だと敵陣で野垂れ死にしそうですし」

「……ちょっとボス。もう少しフォロー入れてくれてもいいんじゃないですかね」

「黙れ鉄砲玉。あと私はもうお前のボスじゃない。巡さんだろうがよ」


 ぼそぼそと囁き合う二人。元々は同じ百鬼夜行……その長と側近という立場だったのだ。

 その様を微笑ましげに眺めていた浄蓮が、不意に巡に視線を向ける。


「ひとまず荒事はあの二人に。わたくしと追腹殿、それにラトロちゃんはまだ待機。そのような具合になりましょうか」

「それでいい。若旦那が戻られたら、阿呆二人ラタンとテューラと目通しさせる。でないと退魔師どもがやかましくてかなわん」

「……あのう。わたくしも御目通りさせていただくわけには」

「駄目だ」


 浄蓮の慎ましい願いを巡は突っぱねる。

 彼女との付き合いは長い。だからこそわかる。そう簡単に会わせたら面倒なことにしかならない。

 巡は天井を仰ぐ。ひとまずこの長屋は落ち着き、怪異の取り込みも完了した。さて学舎はどうなるか。

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