山雛高校七不思議

第7怪:山雛高校の話

朝、食卓の前

 こちらに引っ越してからはや一週間。ついにこの日がやってきた。

 そう、山雛高校の入学式である。

 期待と不安の入り混じる高校生活の始まり。その記念すべき日に、四季しきは早速困難にぶつかっていた。


 両手に持ったそれを睨みつける。背後から飛んできたのは、幽霊の小夜子さよこの呆れ声だ。


『四季さーん……いい加減に着替えましょうよー……』

「わ、わかってる」

『もう、30分くらいにらめっこしてるじゃないですか? せっかく早起きしたのにもったいない……あと服着ないと風邪引きますよ。いくらこの時期だからって』

「うん、それもわかってる、ん、だけど……!」


 なにを言われようと、躊躇いと恥じらいの気持ちが消えるわけでもない。

 幽霊が盛大に溜息をついた。


『なんで高校の制服に着替えるのにこんな時間かけてるんです? 大丈夫ですよ、似合いますって。かわいいですから。制服も四季さんも』

「似合う、似合わないの問題じゃないんだよこういうのは!」


 日条四季は男である。少なくとも自身の認識はそうだ。

 いくら過去に身体が女になってしまったとしても、むしろ女の身体で過ごした時間のほうが長くても、慣れないものは慣れない。

 具体的には服装。四季はスカートが苦手なのだ。


『だからってこのままだと遅刻しちゃいますよ。いいんですか? 初日から遅刻なんて』

「いやだけどぉ……!」


 振り向いて訴えようとすると、半眼の幽霊と目が遭った。今までに見たこともないくらいの呆れ顔の向こうに、居間へ続くドアが透けて見える。

 そのドアががちゃりと開き、顔を覗かせたのは振袖姿の童女。御影みかげだ。


 寝室の中を見ただけで、彼女は状況を把握したらしい。幽霊越しに冷たい視線を投げかけてくる。


「またぐずってるのね……朝ご飯ができたわよ。早く食べにきなさい」

「ちょ、ちょっと待って」

「待てません。朝食抜きで学校に行くなんてお姉ちゃん許しませんからね? ……小夜子さん」

『は、はい』

「四季を着替えさせて。そうじゃないとあなたのご飯を抜く」


 双方にとって冷酷な宣言だった。

 おそるおそる小夜子を見やる。彼女もまた、満面の笑みでこちらを見つめていた。


『四季さん』

「な、なに?」

『……お着替え、しましょうか! 体借りますね!』

「ちょ、ちょっと待って、ああああ……!」


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 渋々と居間に足を踏み入れた四季を出迎えたのは、おお、という静かな歓声。

 彼女かれは顔をしかめて歓声の主たちを見回す。


「なんでこんなときに限って、みんな部屋に上がってきてるのさ」

『こんなときだからだろ? 門出の日なんだしさ』


 まず答えたのは、四肢のない胴体に首を据えた、赤い複眼の怪異。氏家うじいえである。

 彼女はなにやら不思議そうに四季を見上げた。

 当然、今の四季は山雛高校の制服姿。中学のときとは違い、ブレザータイプ。いずれにせよ胸元がきついのには閉口してしまう。


『それにほら、眼福にもなると思ったし。実際、いい感じだよな。いい感じ。うん』

「……なんだよ。言いたいことがあるなら言えば?」

『いや、お前って中身は男だろ。外面はめちゃくちゃ美少女だとしてもさ。その辺考えるとどう振る舞ったらいいもんか悩ましくて』

「俺が知るか」


 軽く蹴飛ばすふり。氏家はニヤニヤと笑いながら後方にスライドし、これを避けた。

 ひと睨みしてから、四季はすぐ側にいた怪異へと視線をずらす。頭から足元まで長い黒髪で覆われた異形。麻桶まゆという。


「麻桶さんも冷やかし? というより、ひさびさにこっちに上がってきたね」

『寺の縁の下で間に合っておったのでな。いや、我はきちんとした用がある』


 ぬうっと麻桶が伸び上がった。

 実際は立ち上がった……のだろう。この状態でも黒髪は足元まで伸び、本体を隠している。

 ぺたぺたと足音を立てて近づいてきた髪の塊。その合間から、不意に生白い手が差し出された。


「手っ!?」

『うむ? どうした。我とて手ぐらいはあるぞ』

「そ、そうなんだ……その、ごめんなさい」

『なにを謝る? それより、これを受け取れ』


 言われて初めて、四季はその手がなにか持っていることに気づく。

 御守り、のように見えた。


「これは……」

『我の手作りだ。これから通うことになる学舎にも、怪異の類がおるのであろう? もしものときのために持っておくがいい』

「あ、ありがとう!  ……ございます」


 思わずお礼も丁寧なものになる。

 当の麻桶といえば、手を髪のとばりの中へと引っ込め、のそのそとちゃぶ台の下に潜り込んでいく。要件は済んだ、ということらしい。

 が、ふとなにかを思い出したかのように動きを止める。


『そういえば頭領殿。ずいぶんと準備に手間をかけておったようだが、なにかあったのか?』

「え? いや、その」

『単純に制服に着替えるの渋ってただけですよー。別に恥ずかしがることないのに。似合ってますもの。ねぇ?』

『ふぅん』


 四季の背後から顔と口を出した小夜子に、麻桶は興味なさげに返事した。

 直後、四季は髪の奥からの視線を感じる。が、それはすぐに失せた。


『衣服の良し悪しはわからん。我、そういうのに縁がないしな。では御免』


 言うやいなや、ちゃぶ台の下へと消えていく。

 そこから繋がる化物寺へ戻っていったのだろう。どうやら馴染んでいるらしい。

 ぽかんと口を開ける四季の耳に、囁くような氏家の声が飛び込んでくる。


『……あいつ、髪の下は服着てねえんじゃねえか? 少し興味湧いてきたな』

「変なこと言わないの」


 軽くたしなめてから、四季は最後の怪異をちらりと見やる。

 今のやりとりに口を挟みもせず、食い入るようにこちらを凝視していたのは長身痩躯の女の怪異。


「……音成おとなりさんは、ご飯食べにきた?」

『そ、それもあるけど。やっぱりほら、四季ちゃんの制服姿ってレアだし』

「ああそう」


 四季は会話を打ち切り、洗面所へ向かう。

 丈が長めのものを選んでいるとはいえ、やはりスカートは慣れない。なので、普段自分から履くことは滅多にない。

 ……だからといって、わざわざ見に来るものでもないだろうに。思わず溜息が出る。


 鏡を覗くと現れるのは、現実の自分の顔。

 日本人とは思えない顔立ち。足元まで届きそうな長い銀髪。褐色の肌。黄昏色の瞳。

 四季は再び溜息をつく。現実での姿のほうが現実離れしているのは、いったいどういう皮肉なのだろう?


 軽い憂鬱に襲われ始めたそのとき、不意にチャイムが鳴る。少し間があり、パタパタと対応に向かったのは……足音の軽さからして御影だろうか。

 彼女が自分から応対に向かうということは、来客が自分を視認できる霊感の持ち主だということ。


 つまり。


「四季ーっ! 草江の娘さんが来たわよーっ!」

「早くない!?」

「こっちが騒がしいから見に来たんだって。一緒に朝ご飯食べてもらったらどうかしら? あと、いつまでもぼーっとしてないで早く顔洗いなさい」


 提案とともに飛んできた小言に首をすくめつつも、四季は深呼吸した。

 なんにせよ、今日から高校生活が始まるのだ。辛気臭い顔ばかりしてはいられない。

 四季は軽く自分の両頬を張り、気合いを入れる。顔を洗って気分を入れ替えよう。それから朝食。気合いを入れていかなければ。

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