昼下がり、歓談の中

 四季しきの携帯が久しぶりに息を吹き返してから、はや一時間。困ったことに怜は当初の目的……アドレス交換を果たせずにいた。

 理由は他でもない。


『ではこれとかどうでしょう? ぐっすり快眠メーメーベッド! 弊社独自の睡眠導入法で使用者を確実に寝かせる一品です』

『へえ、いいんじゃないですかこれ? どうです四季さん』

「いらないよ! これアレだろ、いつぞや実家うちに送りつけてきたやつだろ!? 寝れそうになったらぽこぽこ羊の怪異が出てくるやつ! 部屋の中が埋まりかけて大変だったんだからな!」


 携帯憑きの怪異、チクタクが始めたセールストークに端を発する会話がいまだ収まるところを見せないためである。

 側で話を聞いているだけでも、タラチネ・サービスなる会社……と考えよう、ひとまず……がロクでもないものだということがよくわかる。

 というより、四季を怒らせるのは相当にダメなのではないだろうか。再会後はもちろん、地元にいたときでさえ声を荒げるところを見たことがないくらいのやつなのに。


 同じく会話の輪の外で静かに目を光らせている御影に、こっそりと尋ねてみる。


「……ちなみに。そのベッドから出てきた? 怪異ってどうなったの」

「お帰りいただいた」

「どこに……?」

「お帰りいただいた」


 死んだ目でそれだけ繰り返す童女を見て、怜は追求を諦めた。

 手段はどうあれ、相当骨を折ったことだけはよくわかる。

 そんな空気に気づいた風もなく、呑気に携帯の画面を覗き込んでいた小夜子が弾んだ声を上げる。


『あ! これなんですか? この添寝毛布って』

『それはですねー』

「それもいいよ知ってるよ! それかけて寝ようとすると添寝担当の人型の怪異が出てくるって代物! そいつのせいで俺、三連続で学校に遅刻する羽目になったんだからな!」

『あーあったねえそんなことも。けど別に成績には響かなかったし、いいんじゃない?』

「よくない! 『あれ?いなかったの?』だのなんだの言われるの地味に堪えるんだからな!」


 四季の怒りもまた収まるところを見せない。

 というよりあれだけ目立つ風貌の四季がいないことに気づかないクラスメイトたちはなんなのだろう。目が節穴なのか。

 さすがに痺れを切らした怜が口を挟もうとした、ちょうどそのとき。


「ぐうーっ!」

「うわっ!?」


 唐突に四季の背へ飛びつく怪異あり。亡子もうこである。体格差のために、覆い被さられている状態だ。

 チクタクらの話に飽きたのだろう。水掻きの貼った手で四季の頭をぱしぱしと叩き、遊びをせがんでいるようだった。可愛らしい。


「いたた……ごめんね亡子お姉ちゃん。今ちょっと遊べないから……ほら、そこの小夜子お姉さんが一緒に遊んでくれるって」

『小夜子お姉さん!?』

「えっ、ダメだった……?」

「あ、いえ、お姉さんと呼ばれたのに驚いただけです。お姉さん。うふふ、いい響きですね! 普段からそう呼んでもらっても」

「あまり調子に乗るなよ居候」


 ドスの効いた御影の声にびくりと震えた小夜子はしばらく硬直していたものの、やがて気を取り直したかのように亡子へと手を伸ばした。

 が。


「……ぐううう」

「あ、あれぇ……?」


 亡子は四季の背から離れ、幽霊と一定の距離を保つかのように後ずさる。

 小夜子は戸惑いを隠せない様子で、助けを求めるかのように視線を彷徨わせた。

 微笑ましく見つめていた怜も思わず首を捻る。あの幽霊はどちらかといえば親しみやすい部類に入るだろうに、あそこまで露骨に避けられるとは。


 はあ、と溜息をついて立ち上がったのは御影だ。

 小夜子の側まで歩み寄った彼女は、中途半端に伸ばされた幽霊の手を無造作に握ってみせた。


「亡子」


 びくり、と震える妹を見つめ、御影は言った。


「大丈夫だから。この幽霊、別に見境なく怪異を取って食うような輩じゃない。触っても、ほら。平気でしょ?」

『…………あの、私の扱いってどういう…………』

「黙ってて。……ほら、おいで」


 姉に促され、亡子がおずおずと小夜子の元へ近づいてくる。

 躊躇いとともに見上げていた彼女は、やがて思い切ったように小夜子へ触れた。

 そのまま見つめ合い、しばし。


「ぐっ」


 亡子が不意に飛び離れる。

 それを見た小夜子が肩を落とした。


『や、やっぱり嫌われちゃったんでしょうか……』

「大丈夫よ。じゃ、あとはがんばりなさい」

『え? なにをです?』


 きょとんとする幽霊から、御影は手を離して距離を取る。

 直後。


「ぐううーっ!」

『へっ……うわきゃーっ!?』


 弾丸のごとき勢いで飛びかかられた幽霊が綺麗に吹き飛ぶ。

 そのまま彼女らはもつれ合う形で隣の寝室へ。

 少しの沈黙のあと、きゃあきゃあと騒ぐ声が聞こえてきた。


「じゃ、本題なんだけど」


 何事もなかったかのように仕切り直す四季に、思わず怜は突っ伏しそうになる。

 隣に戻ってきた御影がその様子を見てくすくすと笑った。


「なに、どうしたの怜」

「いや、別に……その、あの二人、というか幽霊は無事で戻ってくるのか心配になっただけで」

「ああ、あれ。亡子お姉ちゃんああ見えて力加減はわかってるから。大丈夫だよ」


 当然のように言った四季は、卓上の携帯の画面を指で弾く。

 スリープモードになって暗転していた画面に、再びあの機械仕掛けの怪異が出現した。


『呼んだ?』

「うん。あのさ、チクタクさんってアドレス交換ってできる? 俺やったことないからわかんなくて」

『ははは。四季の友だちの少なさがうかがい知れるね! もちろん知ってるよ。……でもさ、この流れでいくと登録したい相手って』

「怜だけど」

『……やっぱりかー』


 画面上の表情と同様、機械音声が嫌そうに歪む。それはもうはっきりと。

 怜の脳裏に少しの苛立ちとバツの悪さが渦を巻き、すぐに消える。当然のことだ。退魔師と怪異の関係を考えれば。


『んー、貴重なお友だちってのはわかるけどさー。退魔師はちょっとどうかなーって思うよチクタクさんは』

「……怪異にはともかく、俺には関係ないでしょ。退魔師なんて」

『はっきり言っておくけどね。退魔師なんて実に信頼に値しない連中だよ。特にきみにとっては……』

「黙れ」


 静かな一声が部屋の空気を凍らせる。

 見たこともないくらいに苛立っていた四季は、怜の視線に気づいたのか、深く息を吐いた。


「……ごめんね、チクタクさん。けど退魔師がどうこう以前に、怜は、その……大事な……」

「横入りさせてもらうけれど、この子は大丈夫だと思うわ。なんといっても草江の一族だもの」

『そんな地域の信頼レベルの話じゃないんだけど……わかった。わかったよ。ちょっと待ってて』


 諦めたように首を振り、チクタクが画面上から搔き消える。

 その数秒後、怜のポケットから軽快なメロディが鳴り響いた。


「……嘘」


 すぐに状況を理解した退魔師は呆然と言葉を漏らす。

 すぐさま携帯を取り出し、着信相手を確認する。覚えのない電話番号。

 応じる前に勝手に通話が繋がった。画面に映ったのは、無表情にレンズをこちらに向ける機械仕掛けの怪異の姿。


『お前のアドレス、これでいいんだろ。覚えたぞ。連絡先は自分で登録しておけよな。メールも送っておいたから』

「……そう。ありがと」


 戦慄を押し隠し、平坦な声で礼を言う。

 如何なる手段を使ったのか。この怪異、あっさりとこちらの携帯を特定してきた。のみならず、その画面を通して姿を見せている……つまり、『憑いている』。

 怜はチクタクに対する評価を塗り替える。四季のところに留まっているからまだいい。そうでなければこの怪異は、危険だ。


 いつのまにか機械仕掛けの怪異は姿を消し、再び四季の携帯へと舞い戻っている。

 先ほどの無表情さが嘘のように、満面の笑みを浮かべて。


『はい、仕事終わり! 四季、ご褒美ちょうだい』

「ご褒美!? え、そんなルールだったっけ!?」

『私にとって不本意な仕事だったからね。相応の対価は要求します。自撮り十枚くらいで手を打つよ……っと』


 不意にチクタクが動きを止める。

 あまりの唐突さに不安になったかのか、四季が心配そうに覗き込んだ。


「……どうかした?」

『いや。この部屋、異界と繋がってるんだね。そこにも気になるアドレスがあるんだけど……念のため、控えておこうか?』

「なにそれ? いいよ別に。また変なメール送りつけられそうだし」


 うんざりした様子で四季が言う。

 ようやく冷静になれた怜は、思わず眉根を寄せた。この部屋と繋がる異界といえば話に聞く化物寺だろうが……そこにアドレス?

 気にはなるものの、怜はその情報を胸の内に留めておくだけとした。自分から問いかけてもあの怪異は答えるまい。


 チクタクの指示に従い、自撮りを始めたらしい四季を眺めながら怜は考える。

 単に退魔師という立場だからこそ、チクタクは疎んじているように見えた。当然のことだ。だが、しかし……


 『特に四季きみにとっては』。これはなにを意味するのか。

 湧いてくる疑念を打ち消すように、怜は自身の眉間を指でほぐした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます