点灯時、携帯端末

 ちゃぶ台の上に置かれたのは一台の携帯だった。言わずもがな、四季しきのものである。

 引越しのときに背負っていたリュックの最奥部にしまいこんであったらしく、取り出すのに地味に時間がかかっていた。

 革製のケースに入れられたそれはまだ真新しい。逆にいうならば、あまり使われていないことが見て取れる。


「四季、ひょっとして全然使ってないの? これ」


 れんは何気なく尋ねる。四季はやや困ったような表情を浮かべ、小さく頷いてみせた。

 このご時世に携帯を持っていながらまるで使わない人種がいるとは。無論、彼女かれの場合は事情がある。とはいえ、驚きだった。


「不便じゃない? 携帯使えないのって」

「そう? あんまり気にしたことなかったや。……地元に電話かけるような友だちいなかったし……」


 最後の言葉はどこか遠くを見ながらのものだった。地雷を踏んでしまったらしい。

 焦りを顔に出すことなく、怜は話題の軌道修正を急ぐ。


「ゲームとかするわけでもない?」

「え? 最近の携帯ってゲームできるの?」


 予想の斜め下から答えが返ってきた。顔には出さねどびっくりである。

 顔を見る限り、冗談で言っているわけではなさそうだ。どれだけ普段触れていなかったかがよくわかる。

 とはいえ、今後はお世話になるのだ。少なくとも自分が。


「まあ、そのへんは後で説明するとして。確認したいんだけど、この携帯には……怪異が憑いているって認識でいい?」

「憑いてるのかどうかもよくわからないけど、怪異なのは確かだよ」


 結局はそういう話であるらしい。

 電源をオフにしただけでなんとかなる怪異でよかった、と思うべきなのだろうか。それにしても。


「どういう怪異? ああ、見た目よりはどういう現象を起こしてきたかのほうを知りたいんだけど」

「大したことはしてこなかったよ。勝手にスピーカーをオンにして騒ぐくらいだったと思うけど……」


 四季が視線を逸らす。その先に座っていたのは御影みかげ

 なるほど、四季がいないところでなにをしていたかまでは把握していないということか。怜もまた視線で彼女を促す。


「少なくとも、屋敷の中では目立った悪行はしてないわ。というより、そんなこと私が許さないもの」

「じゃあ本当に騒がしいだけ?」

「そうね。といっても、あんながなりたてられたんじゃほっとけもしないわ。鳴家やなりの群れよりひどいのよ」


 そう言って童女は思いっきり顔をしかめてみせた。

 怜は考える。騒霊ポルダーガイストの類だろうか? 物を操るという点では合致する。

 とはいえ、家具を浮遊させて飛ばす、という被害を出していないのが気にかかる。しかしそれも御影の領域たる日条家の中だからできなかった、という説明もつけられるだろう。


 怜は小さく息を吸い、四季を見据えた。


「わかった。目に余るようなら除霊する。とりあえず電源つけて」

「え。で、でも本当にこいつうるさくて……近所迷惑になるかもしれないし……」

「私と鳴谷なるやさんくらいしかいないでしょ。いいからつけて」

「けど除霊の弾みで携帯壊れたりとか」

「いいから」


 さすがにイラッときたので強めに睨みつけてしまう。

 それがとどめとなったのだろう。いかにも気がすすまないという様子で四季が携帯に手を伸ばす。

 傍らでは御影が黒い寄木細工の箱をちゃぶ台の上に置いていた。彼女はその蓋をややずらす。隙間から、くすくすとした笑いとともに薄紅色の煙が立ち上り、空気に溶けて消えた。なんらかの結界強化か。


「そういえば四季、パスワードとかちゃんと覚えてる? 全然使ってないんだよね?」

「んー、正直覚えてないけど大丈夫だと思う」


 気も頼り甲斐もない返事。

 彼女かれの手の内で携帯が光を取り戻した。その次の瞬間。


『ヒャッホーウ! 久しぶり! こんにちは世界!』


 喜びの感情たっぷりの機械音声が居間中に木霊する。

 想像以上の騒音に怜はたじろぐ。一方の四季は予期していたのか、片耳を抑えてこれをしのいでいたようだった。


「……おはよ、チクタクさん。相変わらず元気だね」

『あ、ご主人! もとい四季! ようやっと私のサービスを受けてくれる気になったんだね!」

「そんな話してたっけ……? まあいいや。はい、怜。この子がチクタクさん」


 無造作に四季は携帯の画面をこちらに向けてくる。

 怜は目を細め、画面を……正確にはその中に映り込む怪異の姿を捉えた。


 大まかには女性の姿だ。しかし服の代わりに身体を覆っているのは、歯車や金属片といった雑多なスクラップ群。

 人形のごとく整った顔の半分も金属質。髪とともに生えるチューブやコードの隙間から覗く片目は、カメラのレンズに置換されていた。

 キュイイ、と金属質の小さな唸りが携帯のスピーカーから漏れ出る。当の怪異がピントを合わせる音だ。当然のごとく、こちらを認識している。


『…………んー、霊気の波長から見て、退魔師? 誰あんた』

「人に名乗る前に自分から名乗ったら?」

『偉そうに言ってくれるなあ。だいたい四季が紹介してくれてただろうに。そのくらいの記憶容量もないのか退魔師ってのは』

「チクタクさん?」

『はいはーい! 私はタラチネ・サービスより出向してきました、レディ・チクタクです! チクタクさんって呼んでね! イェイ!』


 四季の静かな一声で、機械仕掛けの怪異は一転して見事な自己紹介を決めた。完璧な営業スマイルも込みで。

 怜はこっそりとこめかみを押さえる。この怪異の人間に対するスタンスが「四季以外はどうでもいい」であることは明白だった。判断が難しいため除霊は保留とする。


 そんなことより引っかかるのは。


「……タラチネ・サービス? なにそれ」

「ええと、俺も詳しくは知らないんだけど」


 答えたのは四季だった。眉をひそめたまま、彼女かれは続ける。


「変な……というか怪異絡みの物品ばっかり扱ってる会社みたい。俺、なんか勝手にテスターとかに選ばれてるみたいで……」

「なんでそんなところから携帯なんて買ったの?」

「この携帯はちゃんとしたとこで買った普通のやつだよ! つけた途端になんか上書きされてチクタクさんが来たの!」

『私、機種を選ばずに高品質なサービスを届けるのに自負があるので!』


 にこやかな機械音声が四季の主張を裏付ける。

 本格的に頭痛がしてきた。怜は額を抑えつつ、いまだ姿を隠したままの朽縄くちなわ御前へ念話を送る。


 <御前さま。一応聞きたいんだけど……>

 <うむ。そのようなけったいな百鬼夜行は聞いたこともない。おおかた、ここ十数年で出てきた急造の寄り合い所帯じゃろう>

 <連盟の警戒リストにも入ってなかったよね?>

 <おそらくな。妾のほうからゆいのやつにそれとなく伝えておくゆえ、気にせんでよい>


 御前の言葉に一息つく。姉に伝えておけば大丈夫だろう。どうしようもなく自由すぎる天災みたいな存在とはいえ、あれでも退魔師としては自分以上に優秀だ。

 怜が現世に意識を戻すと、いつのまにか怪異が増えていた。自称『四季の守護霊』こと素性も知らぬ野良幽霊、小夜子さよこである。


『へぇー、怪異向けの商品もあるんですか?』

『よければカタログ見る? 注文してくれればすぐに届きます! 弊社の配送部門、優秀なので!』

「……それ、送り主の部屋に直接注文の品をぶち込んでくるあのやり方のこと言ってる? 私の目が黒いうちはそんな狼藉許しませんからね」


 チクタクによる営業が始まっていた。

 なぜアドレスを交換するだけでこんな騒ぎになってしまうのか。微妙にくじけそうになる心を、怜はなんとか奮い立たせるのだった。

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