おやつどき(現世基準)、応接間

 驚いたのは最初だけだ。部屋を満たすその光が心地よいことに気づくまでにそう時間はかからなかった。

 ほのかな暖かさ。心が洗われるような清浄さ。四季はその両方を感じる。


「……あっ、やべ。光量間違えた……」


 かすかに慌てたような、まるで神々しくない誰かの声はきっと気のせいだ。そう思いたい。

 ともあれ、部屋に充満していた光は徐々になりを潜め、ようやっと目を開けられる程度に収まった。


 そして、四季たちはいつの間にか長机の向こう側に立っていた女を見出す。

 凛々しい、という言葉が似合う美貌の持ち主。ゆったりとした白装束を纏ったその立ち姿は、思わず息を呑むほどの厳かさがあった。

 彼女は静かに口を開く。


「よくぞ来た、人の子らよ。我こそがこの地を治める、天照大神あまてらすおおみかみで……あっ」

「えっ?」


 不意に言葉を切られ、四季は思わず首を傾げる。

 が、相手の視線を辿ることですぐその原因に気づくことができた。


 小夜子さよこだ。

 中空に倒れ、力なく浮いている。意識を失っている……どころか、末端が少し消滅しかかっているようにさえ見えた。

 さっと血の気が引く。


「さ、小夜子さぁぁぁぁん!? しっかりしてーッ!?」

「浄化されかかってるってことは、やっぱり悪霊だったんじゃないこいつ」

「す、すまない! ここまで陰の気が強い怪異が一緒とは思わなかった! 力加減を間違えたか……」


 他人事のように呟くれんをよそに、四季は駆け寄ってきた神様と肩を並べ、幽霊の気つけに取り掛かるのだった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 そして数分後。小夜子は奇跡的に存在を取り留めたのである。


「死ぬかと思いました……」

「お前、元から死んでるじゃない」

「言葉の綾ですっ! どっちにしろ存在の危機だったじゃないですか! 私まだ消えたくないですよ! これから四季さんとの楽しい生活をですね」


 こほん、と。長机の向こうに座った天照が咳払いをする。

 それだけで怜に食ってかかっていた小夜子はおとなしくなった。そそくさとした様子で四季の背中に退散する。

 腰を下ろしていた天照は、しばし目を閉じ、難しい表情を浮かべていた。それだけで口出しが憚られる威圧感が生まれている。


 が。


「…………めんどくさい。いいや、もう」


 力の抜けたその一言とともに、周囲の空気が軟化した。

 目を丸くする四季の前で彼女は姿勢を崩す。


「みんなも楽にしていいよ。ええと、そこの……小夜子さんか。申し訳ない。私の不手際でとんだ目に遭わせてしまった」

「はえっ!? い、いえ、その、大丈夫でしたし大丈夫です!天照……さまにそんな」

「ヒルメでいい。総本社でもなし、そんなしゃちほこばった呼び名を使うこともないよ。……まったく、恥ずかしいところ見せちゃったな」

「慣れないことするからよ」


 微笑混じりの声とともに現れたのはイナメだ。その手にはお盆。

 ヒルメの横に座った彼女は、慣れた手つきで盆の上の湯呑みを各々の前に配っていく。そして最後に、煎餅が盛られた椀を机の中央へ。

 どうやらわざわざお茶とお茶受けを用意していたらしい。


「最初からいつもみたいに接していればよかったのに。変に気負っちゃって」

「うむ……そうは言うけどね、イナメ……例の子が来るんだから、少し頼りになりそうなところをね……」

「変なところで見栄っ張りなんだから! さ、皆さん。遠慮せずに」


 軽い調子で勧められ、四季は返って萎縮してしまう。

 ここが例えば親戚の家であれば迷わず言葉に甘えていたことだろう。しかし今自分たちがいるのは神域であり、目の前にいるのはその主人たる神たちである。失礼に当たらないだろうか……


「ではお言葉に甘えて」


 思考を硬直させてしまった四季の横、ぬっと突き出た白く小さな手が煎餅を一つ掴み取る。

 思わずぎょっとして振り向いた。小夜子の手ではない。

 いつの間にそこにいたのか。和服姿の小柄な少女が紅い目でこちらを見返してきた。


「なにをぼんやりしておる。妾がすべてもらってしまうぞ?」


 嗄れた声でにやりと笑う。白髪と相まって、ひどく老成した雰囲気があった。

 まじまじと見つめる四季の耳に溜息が届く。怜のものだ。


「御前さま、そんな意地汚い……」

「なにを言うか。先方が準備してくださったものぞ? いただかぬ方が無礼に当たる」

「だからってわざわざ人の姿に化けなくても」

「この姿でしか食えぬものもあるでな」


 苦い顔をする怜に見せつけるように、少女は摘んだ煎餅を口の中に放り込んだ。

 そのやりとりでようやく四季は状況が飲み込めた。どうやら怜に憑きっきりの蛇神が、どういう気まぐれか人の姿に化身したらしい。

 なんにせよ、先人がいるとやりやすい。心の中で感謝しつつ、四季もまた煎餅を取る。


「そうそう。たんとお食べなさい」

「緊張しなくていい。別に粗探しをして天罰を下そうというわけでもなし……しかし、意外だな。怪異相手にも物怖じしない子だと聞いてきたが」

「そこらの野山の神と、ヒルメ殿とでは格が違いますからな。誰に対しても普段どおりというわけにはいかぬでしょう」


 にこやかに眺めるイナメ。不思議そうに見つめるヒルメ。二つ目の煎餅を取りつつ、それとなく取りなす朽縄御前。

 どことなく肩身の狭さを感じる四季だった。


「さて、話を進めるか。草江くん、今日の要件はきみが住んでいるアパートの邪気払いでよかったかな?」

「はい。……相変わらず話が早くて助かります」

「これでも神だからね。では、少し失礼して」


 ヒルメが不意に表情を引き締め、目を瞑る。

 それだけだ。先ほどのように光が放たれるわけでもない。風がそよぐわけでもない。

 それでも、空気に混じるなにかが動いた。たしかに四季はそう感覚した。


「……うん、こんなものでいいだろう」

「も、もうお済みに……?」

「神だからね。そこらの怪異なら、これであの地をさけるはずだ」


 何気ない様子で微笑む。まるで仔細がわからないものの、とんでもないことをとんでもない速度でやってのけたことだけは理解できた。

 ヒルメはお茶を一口啜ると、不意に机の上へ身を乗り出した。

 そのまま身を引く四季を覗き込む。


「それよりもきみだな。日条 四季。……ふむ」

「え、えと」

「……ふーむ? なんとも……見えないな……なにか奥にいそうなんだけど……ああ、小夜子さんは気にしなくていい。きみのことじゃない……おや」

「な、なんでしょうか」

「あっ、あー……懐かしいものが憑いてるな! 久しぶりに見たよそいつ。てことはあれか。きみのところに来てるのか、御伽おとぎのやつ。相変わらず隠れるのが上手い……」


 四季は目を丸くする。彼女はめぐりを知っているのか。

 そして懐かしいものとは、つまり。


「……その、小槌のことを言ってます?」

「そう、それそれ。結構根ざしてるみたいだね。御伽のやつがなにか細工したわけでもなさそうだし、普通に相性がいいのか。さもありなん」

「どうするの?」


 イナメが興味深そうに口を挟む。ヒルメは肩をすくめてみせた。


「まあ、現状維持が妥当かな。引き剥がすとなるとこの子の身体に障りそうだし。案外このままにしておいたほうがうまく回るかもしれない……しかし、ふーむ」


 四季を凝視するその目が、一瞬だけ真剣な光を帯びる。


「御伽のやつが動いてて、かつあいつが担ぎ出した百鬼夜行の長がここにいる。となると、少し釘を刺しておく必要があるかもな」

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