第5怪:町の神様の話

出発前、報告

「神社へ行こう」


 階段を下りきったと同時に振り向き、れんは言った。

 突然の宣言に四季しきは目を白黒させる。


「どうしたの、急に」

「善は急げって言うでしょ? ……ああ、理屈を説明したほうがいいか。さっきの怪異カイダンさんをもって、このアパートの怪異はじょれ……じゃない、おおよそ無力化できたとみていい。ここまではいい?」

「ああ、うん。そうだね」


 実際は四季の部屋に集められただけだ。とはいえ、あそこにはより力のある御影みかげめぐりがいる。暴れようとしても彼女たちが許しはしないだろう。

 怜は小さく頷いてから、淡々と続ける。


「とはいえ、まだ外から怪異が入ってくる可能性は否めない。私が結界を張って回ってもいいんだけど」

「そんなのできるんだ、怜。すごいね」

「え、あ、うん。できる、んだけど……私の場合は、その、お札とか使わなきゃならないから……」

「それを用意しなきゃならない?」

「じゃなくて、ここアパートでしょ? 目立たない場所に貼り付けるとしても、もし見つかったら無駄に風評被害が出るかもしれない」


 ああ、と思わず納得してしまう。オカルトへの造詣が深かろうが浅かろうが、お札というのは普通の人間にとっては異物極まりない。

 そうしたものが貼り付けられている部屋に住み続けたいと思うか。断言はできないものの、かなり評判は悪くなるだろう。


「だからまあ、神頼みだね。怪異が来る前に邪気払いの結界をお願いしようってこと」

「なるほど」

「……神様に会いに行くわけだけど」

「そりゃ、そうなるよね」

「なんとなくわかってたけど、全然驚かないよね四季は」


 溜息混じりにそう言われ、四季は困惑した。今の話の流れだと、そう考えるのが自然ではないだろうか。なぜ呆れられるのか。釈然としない。

 と、不意に頭上にひんやりとした柔らかいものが乗った。幽霊の小夜子さよこが身を乗り出してきたのだ。


『それ、私も行って大丈夫ですか?』

「は? 平気だとは思うけど。なに、行くの?」

『外に遊びに行くんですよね。なら憑いていきたいなーって』

「……別にいいけど。お前、そういうの平気なんだ。ふーん」


 幽霊が神社。たしかに心配になる組み合わせだった。

 まあ、怜が平気というのなら平気なのだろう。四季も異論を挟むつもりはない。

 とどのつまり、すぐに神社へ行こう。そういうことになった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 とはいえ、だ。一人暮らしの怜とは違い、四季の部屋には結構な数の居候がいる。

 彼女らに黙って外出するのも気がひける。そういうわけで四季は怜に断りをいれ、一度自室へと戻ってきた。


 『アハハハハハ!』『ヒヒヒヒ!』『ギャハハハハ!』

 「うわぁ」


 戻ってきたと同時に視界に飛び込んできた居間の光景に、四季は思わず辟易した。

 簡単に述べると、白いレインコートを着込んだ人型が、天井から吊るされている。首根を掴んで吊るし上げているのは細く長い腕で、笑い声が重なっているのは人型の体中に口があるからだ。

 細く述べるのならば、人型の体には口だけでなく目もついている。それらがぎょろぎょろと蠢いて部屋の中を見渡していた。率直に言って悪夢のような光景である。


「あら、おかえり。遅かったのね」

「ただいま御影お姉ちゃん。なにしてんの」


 平然と声をかけてきたのは、艶やかな赤い振袖姿の童女。彼女が御影だ。

 彼女は何気無い様子で哄笑するレインコートの人型……先ほど化物寺に送り込んだばかりの怪異、星見ほしみを見上げる。


「ああ、あれ。引き入れたのはあなたでしょう? とにかく音成おとなりから話は聞いたわ。あなたを襲おうとしたっていうから折檻しているのだけど」

「……喜んでない?」

「そうなのよね。困ったものだわ。ちのりに頼むと溶かしてしまいそうだし……」


 はあ、と溜息。

 困りどころが微妙にずれている気がしたものの、四季は早々に用件を伝えることにする。


「あっちはほどほどにしておいてもらうとして……あのね、御影お姉ちゃん。ちょっと俺、これから出かけてくるから」

「急ね。まさか小夜子さんだけ連れて?」

「いや、怜も一緒」

「なら平気ね。わかったわ。夕方になる前には帰ってくるのよ」

『……気のせいか今、軽んじられてた気がします』


 幽霊の呟きは、怪異の笑いに紛れてしまった。

 しかし星見はどうしてここまで笑っているのだろう。シャレにならない状況に陥っているように見えるのだが。

 ふと四季が考えたそのとき、不意にその笑い声がやんだ。


 驚いて見やると、星見もまたじたばたともがいている。レインコートの裾から覗く素足、そこに刻まれた口がぴたりと閉ざされていた。

 よく見ると、その脚の上を走る小さな青い影。蜘蛛。


「‥‥…ああ、ご心配なく。いい加減やかましくなったのでね。ちと黙らせました」


 何気ない調子の呟きは、部屋の隅から。

 言葉の主は、壁に寄り掛かるようにして座っていた薄青い肌の鬼女。めぐりである。


「それはそうと、どちらにお出かけで?」

「ええと、近くの神社に行こうかと思って」

「ははぁ。まあ、若旦那であれば悪い方向には転がりますまい……ん、待てよ。この辺の神社となると」


 不意に巡が中空を睨む。なにか考え込んでいた彼女の眉間に、深いシワが刻まれた。


「彼奴等か! まったく、近頃はどこの人里にもいやがる!」

「……だ、ダメかな?」

「ああ、失敬。若旦那は問題ありませんよ。ええ、ありませんとも……居待月いまちづき!」

「ここに!」


 呼びかけと同時、巡の前に『落ちてきた』のは銀色の怪異。昆虫のような外骨格と三対の腕を持った異形。

 どこか不機嫌な様子で、鬼女はその怪異に告げる。


「お前は今回留守番だ。こっちに待機してな」

「承知しております。さすがに神域ともなりますと……」

「それも彼奴等のだからねえ! 余計なことして勘ぐられちゃたまったもんじゃない」


 ひどくうんざりとした様子で、鬼女は壁へもたれかかる。

 たしかに神様と怪異の相性はあまりよくなさそうだ。とはいえ、彼女がここまで嫌がる神とはいったい何者なのだろうか。さすがに気にかかった。

 とはいえ、聞くよりは実際に行ってみたほうが早そうだ。


 踵を返して外出しようとしたそのとき。四季はふと、星見から訴えるような視線を感じた。

 思わず足を止め、巡に向き直る。


「あの、巡さん。たぶんもう静かにしてくれると思うからさ、星見さんの……」

「はい? ああ、はいはい。口封じを外せと。わかりました」


 ぱちん、と指のなる音。ついで、いくつもの荒い呼吸音。


『はー!』『死ぬかと思った!』

「息止めたくらいで死なんだろう、怪異なんだから」

『急にやられたら』『死ぬほどびっくりするんだよ!』『まあいいや』『ええと』『人間?』

「四季ね、四季」


 苦笑しながらも訂正する。そういえばあのときは名乗ってなかったかもしれない。

 あいかわらず吊るされたまま、星見はぶらぶらと左右に揺れた。


『あのな』『雲出てたろ』『たぶん雨降るぞ』『傘持ってけよな』

「そういうのわかるんだ?」

『肌でわかる』『あと空気の味とか』『まあいいや』『言ったからな』

「うん。ありがとう」


 笑顔とともに礼を言う。星見からはなにやらもごもごとした呟きが返ってきた。うまく聞き取れない。

 ともあれ、玄関に置いてあった傘を手に取り、四季は再び居間へと振り返った。


「じゃあ、行ってきます」


 こちらに来てから初めての外出。少し、楽しみだった。

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