朝、食卓

 四季しきの朝はいつも低速起動だ。

 昨晩のように『夢を見た』あとは尚更である。目は冴えているのに心が眠い。そのため、身を起こしたままぼんやりとする時間が長くなる。

 着替えの途中で頭上を見やる。あの居待月いまちづきの姿はもちろんない。朝はどこに潜んでいるのだろうか。そんなどうでもいいことに意識が向いてしまう。


 と。


『四季さーん? 御影みかげさんが呼んでますよー。朝ごはんできましたって』


 なんの前触れもなく、ドアから女の上半身が生えてきた。

 特に驚くこともなく四季はそちらに視線を向ける。居候その一こと、幽霊の小夜子さよこだった。

 するりとドアを抜けてきた彼女は、呆れたように腰に手を当てる。


『もう、四季さんってば。そのままだと風邪引きますよ? いくら春だからって朝は冷え込むんですから』

「んー……」

『聞いてます? あのですね。中身はともかくとして、外見は女の子なんですから。上だけ脱いだままでぼーっとするのやめましょう?』

「うん……」

『……着替えるの手伝いますね。よいしょっと』


 埒があかないことを察したか、小夜子が音もなく近づいてきた。そのまま四季の身体に重なるようにして沈み込む。

 直後、四季は布団を跳ね除けていた。もちろん自分の意思ではない。小夜子に操られている状態である。

 勝手に動かされて怒るべきなのか、楽になったと喜ぶべきなのか。四季はぼんやりと自分が着替えていくのを見守っていた。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「おはよぉ……」

「はい、おはよう。その様子だとだいぶ夜更かししてたのね」

『あれ、昨日は早く寝てましたよね四季さん」

「この子の場合、身体が寝てても中身が起きてることがあるから……ちょうどいいわ。小夜子さん、そのまま四季の顔を洗ってあげて。そうすれば目も覚めるでしょ」

『はーい』


 ちゃぶ台に料理を並べている童女、御影を後に、四季さよこは洗面所へと向かう。

 何度か勢いよく顔を洗われることで、ようやく四季しきもシャッキリとしてきた。


「ありがと、小夜子さん。もう大丈夫」

『はいはい。次から遠慮なく取り憑きますよ?四季さんの中、あったかくて居心地いいですし』

「朝っぱらから変なこと言わないでよ……」


 幽霊が出ていくのを待ってから、四季は自分の意思で居間へと戻る。その背中にぴとりと幽霊が寄り添った。


 戻った先には、すでにちゃぶ台に座って待っている怪異二人。

 四季は目を丸くしてその片割れ……薄青い鬼女を見やった。


「あれ、今朝はめぐりさんも一緒に食べるの? ちょうどよかった、言っておきたいことが」

「お構いなく。若旦那の仰ることも重々承知……居待月!」

「っ、ここに!」


 叱責にも似た呼びかけに、やや離れた場所に落ちてきた鈍色の怪異が本物の蜘蛛のごとく平伏した。

 巡は現れた自らの部下を一瞥してから、四季を見上げる。


「申し訳ありませんね、若旦那。昨夜のことは把握しております。あたしの使いがご迷惑を」

「いや、大丈夫だよ! むしろ、その、どっか飛んでく前に捕まえてくれたんだし。だからその、あんまり怒らないであげてね?」

「…………若旦那がそう仰るのであれば」


 わずかに眉根を寄せつつも、巡は素直に首肯した。平伏する居待月の安堵の吐息が静かな室内に響く。


「……貴様の場合、申し開きをするのはそこではないでしょう」


 厳しい視線を向けたのは御影だ。しかし鬼女は平然とした様子でそれを受け止める。


「おや、そうかね? ここに入れる許可は今朝方取っただろう。若旦那に見つかる前は部屋の外に置いていた。あんたの縄張りを必要以上に汚す真似はしてないつもりだが」

「白々しい。貴様、手下がいることを黙っていたでしょう? なにを企んでそんな真似を」

「気難しい連中が揃ってるもんだからね、時節を選びたかっただけさ……」


 人を食ったような返答。御影のまなじりが釣り上がる。

 四季は慌てて割って入った。


「落ち着いて、御影。こんな朝から喧嘩することないでしょ」

「四季、あなたはまた……!」

「巡さんの部下のことは、後できっちり聞かせてもらう。その人たちも組の一員として考えていいんでしょ?」

「ふ、ふ! 勿論ですとも! 好きにこき使ってくれてよろしい。とはいえ、気性が荒い者が多いもので。若旦那に無礼を働くことがないよう、言い聞かせる時間を頂ければ」

「……気性が荒いのは仕方ないけど。無闇に外で喧嘩させるようなことはしないで。いいね」

「承知しました」


 巡が重々しく頭を下げる。

 四季は息をついてから腰を下ろした。朝からこういう疲れる話題はやめにしてほしいものだ。

 ……居待月を含め、巡の部下と思しき怪異の気配は感じ取れなかった。意図的に隠れていると見ていいだろう。躍起になって探しても見つけられるまい。


「……それはそれとしてさ、巡さん。いまあのお寺にいるみんなって好きに呼び出せる?」

「ええ、もちろん。その点小槌はお役に立ちますよ。なにか?」

「ちょっと二階に出る怪異について聞きたいんだ。朝ごはんの後でね」


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 朝食を済ませ、四季は一人の怪異と対面していた。四肢のない腐りかけの肉体と赤い複眼を持つ蝿女こと氏家うじいえと。

 ……他の二人は自分の縄張り外に気を配っていなかったとのことで、異界に待機してもらっている。

 居待月はすでに退席。巡は御影に食器洗いを手伝わさせられている。小夜子はすっかり定位置となった四季の背後だ。


『結論から言っちゃうとね、二階にはたぶん一人しかいないよ』

「階段から出てくるやつ?」

『なんだ、もう会ってるの? そうそう、そいつ。カイダンさん。あ、名前はあたしが勝手に呼んでるだけだからね。本名なんて知らんよ。顔も見たことがないし。というか、顔を合わせたくない類のやつだな』


 言って顔をしかめてみせる。

 四季は少し身を乗り出した。


「顔を合わせたくないって、どういうこと?」

『行動的に、会ったらヤバいことになるのが確実だから。あたしがいた部屋、階段の隣だからよく聞こえたんだけどさ。いつも歌いながら出てくるんだよねアレ。一段昇った、二段昇ったって」


 昨夜聞こえてきた歌を思い出す。なるほど、たしかに一致していた。


「それが……どうかした?」

『知らないの? あの手の怪異、登り切って目的地に着くとそこの住人を殺すのが常だぜ。現に、上の……どこの部屋かは忘れたけど、そいつが登り切ったのと同じ日にベランダから飛び降りた人間だっていたはずだ』

「平気だったの、それ!?」

『さあ。そいつ男みたいだったから。興味ない』


 白けた調子で言われ、四季は思わず渋面を作る。

 ともかく、相当に危険な怪異であることに疑いの余地はない。


『人間だけならまだしも、怪異にも容赦ないみたいでさー。二〇一号室に住み憑いてた怪異もやられたみたいだぜ。ばっちり悲鳴が聞こえたもの』

「……まさか、そのカイダンさんが、一人で二階の怪異を全滅させた?」

『いや、実際は尻まくって逃げ出したんじゃねえかな。無理もないけど。あたしは一階取れてよかったなー』


 まるっきり他人事だった。

 とはいえ、今の四季にそれを咎める余裕はない。彼女かれの心を占める漠然とした不安が、より嫌な形をとって膨れ上がった。


「……まさか、鳴谷なるやさんって人もその怪異に……」

『ん? 誰だそれ』

「二〇五号室にまだ住んでる人なんだって。れんもほとんど会ったことがないって言ってたんだけど……」

『へ? まだこのアパートって人間残ってたのか? 嘘だろ?』


 頓狂な声を上げる氏家。しかし、四季はそれどころではない。

 やはり、怜に頼んで二階を見に行こう。結果がどうなっていようと、放置するわけにはいかない。彼女かれは決意を固めた。

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