再会、そして目覚め

 日条にちじょう 四季しきは友人が少ない。これは引っ込み思案な本人の性格によるもの……というだけでもなく、単純に彼が特殊な存在に好かれやすいためだ。

 そんな中でも、ほとんど唯一と言っていい友人が草江くさえ れんだった。

 もっとも彼女は小学校のころに転校してしまい、それきり会うこともないかと思っていたのだが……


「本当の本当に四季なの? 狐とか狸とかじゃなく?」

「本物だよ……なんでそんな疑り深いの」


 まさか夢の中で再会することになるとは。

 いや、夢の中なのは自分だけで、彼女はちゃんと現実に起きているのだろうけれど。予期せぬ出来事であるのは変わりない。

 怜のほうはといえばまだ納得がいきかねるようで、なにやら指をむやみに複雑に絡み合わせ、それで作った小窓からこちらを覗き込んでいる。なにかのおまじないだろうか。


<怜や、妾の言葉を信じよ。正真正銘、こやつはお前の幼馴染じゃ>

「……そうみたいだね。信じられないけど」


 白蛇にたしなめられ、怜は難しい顔で頷いた。

 途端に、四季の腕を縛っていた赤い帯がひとりでに彼女の袖の中へ巻き戻っていく。

 白蛇はまた霞へと姿を変え、怜の首元へと再出現した。


「ええと……その、久しぶり」


 やや気まずげに視線を逸らしつつも、彼女は結局そう言った。

 四季は思わず小さく吹き出す。こわばりっぱなしだった顔も、ようやくほぐれてきた。


「うん、久しぶり。相変わらず元気そうでよかった」

「相変わらずってどういうこと? ……四季は、その、元気なの?」

「見ての通りだよ」

「見ての通りだと死にかけてるようにしか見えないんだけど。本当に大丈夫? 実は気づかないうちに死んでたとかない?」

「……だ、大丈夫!」

「その間はなに」


 呆れたような一瞥。四季は頬を掻きつつごまかし笑い。

 考えてみれば、こうして離れた場所で夢を見ているときに自分の身体がどうなっているかを気にしたことがなかったのだ。幽体離脱に近いとなると、本当に一時的に死んでいるのかもしれない。

 まあ、大丈夫だろう。きっと。


 半眼になっている怜を見て、四季は慌てて話題を変えることにした。


「と、ところで! ここ、どこなのか知らない? 見覚えがなくてさ」

叉界さかい町四丁目。もっとも、さっきの怪異たちが作った結界の中に入っちゃってるから、わからないかもしれないけど」


 こともなげに言った怜は、周囲を見回して顔をしかめる。

 彼女の反応からして、この袋小路は本来存在しない場所なのかもしれない。怪異は往々にしてそうした空間を作り出し、人を誘い込む。

 しかし叉界町。どこかで聞いたことがあるような。


「……あっ!」

「どうかした?」

「あのさ、もしかしてこの近くに喜会荘ってアパートない?」

「あるけど。どうしたの急に」


 やっぱりか。怪訝そうにする怜を前に、四季は顔を綻ばせる。

 ようやくすっきりした。


「いや、ようやくここにいる理由がわかったからさ。明日引っ越してくるんだ、俺。ここに」

「……明日?」

「そう! 道理でこんな見たことない場所に飛んできてるわけだよ。楽しみにしてたからだ、たぶん。びっくりしたー」

「ごめん、ちょっと待って。私にわかるようゆっくり説明して」


 急に頭を抱えだした幼馴染を、四季はきょとんと見下ろした。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 つまるところ、こういうわけだ。

 四季はこの春、山雛高校へ入学する。それを機に一人暮らしをすることに決めたのだ。


 理由としてはいろいろあるが……高校生活を始めるにあたり、自身の生活環境をリセットしたかったというのが一番大きい。といっても、別に家族仲が悪いわけではない。

 ただ、少しばかり、人間じゃない友達が多すぎると四季は感じていた。

 

 どういうわけか、四季の周囲にはいつも怪異の影がある。幼い頃からその有様で、昔はそういうものが見えなかった両親にも心配されたほどだ。

 幸運にも、さきほどの包帯怪人のように害をなす怪異はほとんどいなかった。誰も彼もが四季の友達になってくれたのだ。


 が。

 それが結局、周囲の人間を遠ざける結果となっているのでは、と。四季は思うようになってしまったわけで。


「……それで、父さんと母さんに無理言ってさ。明日から一人暮らしすることになったんだ」

「ふぅん」


 事情を聴き終えた怜は、眉間にしわを寄せて相槌を打つ。

 袋小路を脱出した二人は、どこへ向かうでもなく夜の街をさまよっていた。人通りはなく、虫の声ひとつしない。ただ生暖かい風だけが時折頬を撫でていく。

 異界にいるのだと四季は思った。怪異の世界に。


「ひとつ聞きたいんだけど」


 指でこめかみを叩きつつ、怜が口を開く。


「その……楽しみにしてるのはなんとなくわかったんだけど。それじゃ四季、体は今どこに?」

「そりゃ、家だよ」

「どこの」

「実家。地元の」

「……どうやって帰る気?」


 言われてはたと足を止める。

 眉間のしわを深くする怜を眺め、四季は曖昧に笑みを浮かべた。


「さあ……」

「さあ、ってなに!? 四季、ちょっと危機意識が足りなすぎない!?」

「だ、大丈夫だよ! いつもなんだかんだ起きるときは元どおりで」

「いつもって……そんなしょっちゅう幽体離脱してるの?」


 怜が我に返ったように四季を見つめる。

 どことなく圧力を感じ、小さく頷く四季を見て、怜の表情に不安の色が滲んだ。


「本当に平気? 四季、不治の病にかかってるとかじゃないよね?」

「いや、いたって元気……うん……元気だよ」

「今の間はなに」

「ええと……そうだ、怜はどうしてここに?」


 四季は無造作に話題を逸らす。

 怜はまだ心配そうにこちらを見つめているものの、なにやら察するものがあったのだろう。あっさりとそれに乗ってくれた。


「近所の怪異を除霊してたの。退魔師だから、私」

「退魔師」

「そう、退魔師」


 当然のように言われ、四季は困惑する。

 いや、怪異がいるのだからたしかにそうした人種もいるのだろうとは思っていた。思っていたが、まさか幼馴染がそんな風になっているとは。

 

「引っ越してからずっと、修行を積んできたからね。さっきの『トンカラトン』くらいなら一人でなんとかできる」

「そ、そうなんだ。すごいね……?」

<一人でとは大きく出たものじゃな。妾が力を貸しておること、忘れたわけではあるまいに>


 ちろちろと舌を出しつつ、怜の首に巻きついた白蛇が不満げに声なき声を響かせる。

 怜は溜息をつきつつ、その頭をぽんぽんと叩く。


「はいはい。朽縄くちなわ御前さまにはいつもお世話になっております。帰ったら卵をあげるから静かにしててね」

<むうう、生意気になりおって>

「……そういえば、怜ってこのへんに住んでるの?」


 自然と、そんな言葉が口をついて出ていた。

 怜は自然な様子で首肯する。


「そ。喜会荘の一〇三号室。といっても、越してきたのは少し前のことなんだけど」

「同じアパート!?」


 不意を打たれた気分だった。

 怜は面食らったように目を丸くしていたものの、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「今度は私が驚かす番か。四季も同じアパートだよね。どこの部屋?」

「一〇五号室」

「……隣か。あー、しまった。それなら早く片付けないとな……」


 怜の呟きを、四季は聞き逃していた。それどころではなく舞い上がっていたのだ。

 まさかかつての幼馴染の隣とは。そんな幸運が舞い込んでくるなど、夢にも思っていなかった。

 やはり思い切って地元を離れてよかった。四季は笑顔で前に向き直り、


「……ええと、怜」


 その笑みを凍らせる。


 訝しげに彼の視線を追った怜が、すぐに戦闘態勢に入った。

 二人の視線の先にいたのは、燕尾服姿の人影。山高帽のためか、その顔は不自然に陰に覆われて伺えない。ただ、赤い三点の光だけが瞬いている。

 こちらを見ている。


『やあお二人さん。夜歩きかい? この時間は危ないんだよ……なにしろ人ならざるものがそこらにいるんだから』

「あなたみたいな、ね。誰?」

『シェイプシフター。退魔師さんにはこれで充分だろ』


 とぼけたように呟き、燕尾服の影は四季へと手をかざす。

 四季は警戒し、下がろうとして……地面へと倒れこむ。


「あ、れ」

『きみはそろそろ帰りなさい。明日に響く。そうだろう?』


 影の声は頭の中に染み入ってくる。四季は顔を上げようとした。力が入らない。まぶたがおもくなる。

 怜がなにか叫んだように思った。ついで衝撃。影の笑い声……


 そこで、目が覚めた。

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