ミイラレ! 〜魅入られ人のにちじょう〜

鹿奈 しかな

第1怪:魅入られ人の話

夜、夢の中

 ふと気づくと、日条にちじょう 四季しきは夜空を見上げていた。月が出ているわけでも、星が瞬いているわけでもない、ただ暗いだけの空を。

 意味もなく見上げているうちに、意識がようやくはっきりしてくる。四季はゆっくりと周囲を見渡した。馴染みの薄い住宅街。そして自分が交差点のど真ん中に立っていることを自覚する。

 反射的に胸へ手をやり、ようやく状況を把握した。


「……夢か」


 自然と口調も苦くなる。

 感覚がしっかりしてきたころを見計らい、四季は間近にあったカーブミラーを覗き込む。まだ幼さの残る少年の顔が、眠たげにこちらを見下ろしていた。

 服装は中学時代の学生服。パジャマ姿じゃなくてよかったな、と他人事のように考える。なにしろ夢……自分にとっては夢の中だ。どんな格好をしているかも意識しなくてはならない。


 明晰夢、というよりは幽体離脱のほうが今の状態を表すのにふさわしいだろう。日条 四季は夜、往々にしてこうした状況に放り込まれる。夢とも現実ともつかぬ異界に、なんの前触れもなく放り込まれるのだ。

 今となっては怖さを感じることもない。むしろ眠りを邪魔される苛立ちのほうが勝る。

 さて、今夜はどこに飛んでしまったのか。いつもはもっと見覚えのある……それこそ学校や裏山の中なのだが……


 悩み始めたそのときだ。カーブミラーの中に、不意に異物が入り込んだ。誰かの脚。

 四季は何気なく振り返り、案外すぐ側にいたそれに面食らう。街灯に照らされたそれは人の形をしていた。しかし、全身を包帯で覆い、抜き身の刀を提げたそれをただの人間というのはやや苦しい。

 四季は知っている。こうしたものは、『怪異』と呼ぶべきなのだ。


「……えっと、こんばんは」


 少しの沈黙のあと、四季の口から漏れたのは間の抜けた挨拶。相手は無言。

 次の瞬間、両者はほぼ同時に動いていた。


「うわぁっ!?」


 真後ろに倒れこむ四季。その鼻先を冷たい白刃が通り過ぎる。

 斬りかかられた──理解したときには視界が回転している。倒れた勢いそのままに転がり、包帯の怪人から距離をとったのだ。

 数回転がってから、流れるように立ち上がって駆け出す。後ろは一切見ない。こういう状況で、相手がどのような行動をとるかくらい簡単に想像できる。


 案の定、数秒ほど間をおいて足音が追ってきた。


「もーっ! 夜中に走らせないでよ!」


 誰にともなく文句をぶつけつつ、四季は速度を上げていく。

 彼がここまで機敏に動けるのも、『夢の中』だからだ。そう理解しているからこそ、現実では到底できないような動作が可能になる。

 とはいえ、調子に乗りすぎたら起きたときに地獄を見る。今はそうも言ってられない。斬られるのはごめんだ。


 だんだんと後ろの気配が離れていく……が、まだ状況は油断を許さない。前方からベルとともに現れたのは、自転車に乗った包帯の怪人。

 

「げっ」


 四季はその場で急ブレーキ。慌てて近くの角に走り込む。

 よくないパターンだ。心の隅でそう考えながら。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 結局のところ、嫌な予感はすぐに実を結んだ。

 名前もわからぬ包帯の怪人は逃げる先逃げる先に現れた。そのたびに四季は方向転換を強いられ、挙句の果てに袋小路に追い詰められてしまったのである。

 土地勘がまったく働かないことも災いした。地元だったらこんなヘマはしないだろうに、今夜はとことん運が悪い。


 だが、なお悪いのは。


「え、えーと……その、ずいぶんご兄弟が多いみたいで。あはは」


 目の前に立ちふさがる包帯の怪人が、もはや十を超える数にまで増殖していたことだ。無論のこと、全員が全員、手に抜き身の刀。もはや笑うしかない。

 左右と後ろを塞ぐ塀は、飛び越えるには高すぎる。あるいはゆめのなかなら飛び越せるのかもしれないが……それより包帯怪人たちが自分に斬りかかるほうが早いのではないだろうか。

 こういうときに限って目覚める予兆もないのは、もはや嫌がらせに近い。


 考える間にも、怪人の群れはじわりじわりと距離を詰めてくる。

 こうなったらいちかばちか、あの只中を突っ切って行くしかないか。四季は深呼吸して、身を低く沈めた。

 よし、行こう。覚悟を決めたそのとき。


「伏せてッ!」


 少女の声とともに、衝撃が降ってきた。

 

 訳も分からずその言葉に従う。頭上をなにか重いものが飛び越し、背後の塀に嫌な音を立てて衝突した。

 ゆっくりと背後を見やる。そこには包帯怪人の一人が……いや、その残骸がへばりついている。人の形をわずかに保ち、べちゃりと壁に張り付いているのはほどけた包帯の塊。隙間からなにか粘着質の液体をにじませている。

 呆然とそれを見つめていると、鈍い音が空気を震わせる。


 せわしなく振り向くと、目に飛び込んできたのは崩れ落ちる包帯怪人が二人。そしてその中央に立つ一人の少女。周囲に散らばるのは包帯……さきほどの衝撃で倒された怪人たちの成れの果てか。

 呆然と四季はその光景を見やる。その間にも生き残りが少女に斬りかかり、瞬く間に倒される。何が起こっているのか、理解できない。

 また一人、斬りかかる。少女が腕を奮う。袖から飛び出した帯らしきなにかが刀を絡め取り、怪人の姿勢を崩す。そこに少女が拳を見舞い、怪人は仲間と同じく包帯の束となって地面に崩れ落ちる。


 あっという間に、怪人たちはすべて倒されていた。

 四季は起き上がることも忘れ、あんぐりと口を開ける。信じられない光景……


「大丈夫?」


 声に顔を上げると、少女が屈みこんでこちらを覗き込んでいた。

 大人びた顔立ち。目つきが悪いせいか、やや冷たい印象を受ける。しかし、その瞳からははっきりと気遣いの意思を感じられた。

 

「え、ああ、うん……その、ありがとう」


 もごもごと礼を言いつつ、彼女の手を借りて立ち上がる。指先に伝わる体温が、はっきりと彼女が人間であることを示している。

 一方の少女は小さく眉をひそめ、四季の手首を掴む。


「こんなところで一般人がなにをしてるのか……と思ったけど。あなた、もしかして幽霊の類?」

「えっ」

「……脈、ないね。そうか、気づかなかった。人間かと思ったんだけど。悪霊ではなさそう。でも除霊しとくか……」

「ちょ、ちょっと待って! 生きてる! 俺、まだ生きてるから! 身体がちょっと別のところにあるだけで!」


 ぶつぶつと物騒なことを呟きはじめる少女に、四季は慌てて弁明する。除霊の意味するところは正確にわかりかねるとはいえ、ろくなことにならないのは明白だ。

 疑わしげな眼差しを向けてくる少女に辟易した四季は、ふと自分の腕に視線を下す。なにか、腕の周りに巻きつき、這い上がってくるような感覚。

 見ると、赤い帯が自分の腕を登ってきている。片端は蛇のように鎌首をもたげ、もう片端は少女の袖の中に消えている。


 その帯から白い霞が滲み出し、一匹の白蛇の形に凝固する。

 目を丸くする四季の顔を覗き込んだその白蛇は、小さく舌を出してからたしかに笑った。

 怪異。緊張する四季の脳裏に、嗄れた女の声が響く。


<……思わぬ場所で思わぬ者に再会したのう。日条の小僧、元気かや?>

「えっ」

「御前さま?」


 四季だけでなく、少女もまた不思議そうな声を上げる。

 白蛇は大仰に溜息をつくと、少女へ向き直った。


<なんと情けない。れんや、もっとこの小僧の顔をよく見よ。覚えがあろうが>

「怜……?」


 頭に響いた少女の名前に、四季は引っかかるものを覚える。

 少女もまた、食い入るように彼の顔を見つめている。

 そして、ほぼ同時に。


「……もしかして怜!? 草江くさえ神社の!?」

「四季? 嘘、なんでこんなところにいるの!?」


 思わぬ再会をしていたことに気づくのだった。

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