【43】GAME10―ゲームの最終日―

 美月の平手打ちに、真由美だけでなく翔も驚いた。真由美に至っては、その驚きが怒りに勝っている。

 翔は美月に声をかけようとして、彼女の手が震えていることに気がついた。その理由を察し、開きかけた口を閉じる。

 美月はもう一度、「ふざけないで」と口にした。――感情的になってしまった先ほどとは違い、真由美に訴えかけるように。

「……同じ女性なら、レイプされるなんて……どれくらい辛いことか、想像できたはずだよ。それをムカついたからって理由だけで言いふらすなんて……」

 まるでみゆきの悲しみがどこからか流れ込んできて、その感情に支配されているかのようだった。襲った男への怒り、その原因を作った和恵に対する怒り、相談したつもりが噂を広めた友人に抱いた絶望感――。

 そして気がついた。残りのターゲットである鷹雄は、恐らくみゆきを襲った張本人だ、と。

 黙り込んでしまった美月に、真由美はバツが悪そうに目を泳がせていた。

――分かっている、理解はしているのだ。とんでもないことをしてしまった、と。軽い憂さ晴らしのつもりだった。けれど、噂が広まるのが思いのほか早く、気づいた時には取り返しのつかない状態になってしまっていた。

 悪かったとも思っていた。でもそれを認めてしまえば、性格のいいみゆきに対する劣等感のようなものが湧いてきそうで、真由美は罪悪感に蓋をした。

 思い出したくなかった気持ちだった。改めて意識してしまうと、後悔と、それを認めたくないという葛藤が押し寄せ、どうしようもなくむかむかする。もう、自分だけで処理できるものではなかった。

「もう……どうにもできないじゃない。私の罪は消えないんだし。はあ……なんか疲れた」

 真由美は、自分の葛藤を素直に打ち明けた。

「……みゆきさんに対して、ちゃんと悪いって思ってるんだね?」

「……うん」

「そっか。ならよかった」

 美月が見せた笑みに、真由美は安堵した。それは彼女の中にあるむかむかを、少し軽くしてくれるような気がした。

「まあ、君が悪いと思ってるなら」

 真由美の反省している様子を見た翔が、会話に加わった。

「次のゲームで、モニターの男に話をしてみよう。まだ全部が全部、分かったわけじゃないけど……犠牲者が出るかもしれないから、あまり悠長にしていられない」

 美月と真由美は頷いた。

「それから……加藤さんにも確認してみないとですね」

「そうだね。恐らくみゆきさんを襲った張本人は彼だ。話を聞いてみる必要がある」

「ちょ、ちょっと待って」

 美月と翔の会話について行けず、真由美は二人に待ったをかけた。

「みゆきが何? どういうこと?」

 混乱している様子の真由美に、美月はこのゲームがみゆきの復讐だと考えられることを彼女に説明した。話している間に真由美の顔はどんどん青ざめていった。

「そんな……」

 それ以上、彼女は何も言わなかった。



 ほんの一瞬の隙を突かれた。それだけで有人は、持っていた剣と盾のうち、剣を失った。――そして、自身の命さえも。



 美月はゆっくりと瞼を持ち上げた。朝日がカーテン越しでも眩しく、また暑さもあり自然と目が覚めてしまう。

 今回のゲームで十回を終えた。自分がここまで生き残っているなんて奇跡としか思えない。しかも突然眠りについてしまう自分を家族に不審に思われないようにと、零時を回るまでには部屋に戻っている習慣がついてしまうくらいには、このゲームが当たり前のように感じてしまっている。

「二十八日……ってことは、最後は……八月二日、か」

 カレンダーを見て呟いた。その時までにこのゲームを無事終わらせ、そして生きていることはできるのだろうか。

「ん? 八月二日?」

 美月はハッとした。思わずスマートフォンを手に取り、無意識に翔に電話をかけていた。



「ん……」

 ベッドの横にあるサイドテーブルから聞こえてくる耳障りな音で、翔は目を覚ました。そうしたのは自分だが、バイブレーションが硬い物にあたって奏でるこの音に、彼はまだ慣れずにいた。

「えっ、友原さん?」

 まさか電話がかかってくるとは思いもしていなかった。見られるわけでもないのに、軽く前髪を整えてから電話に出る。

 美月からの電話の内容は、ゲームに関することだった。

「ゲームの最終日が、みゆきさんの命日?!」

『そうなんです! はっきりとは覚えてないんですけど、多分亡くなった時間も、ゲームが終わる頃なんじゃないでしょうか?』

 翔はカレンダーを確認した。日付けは間違いない。

「時間は……確か、見た記事には深夜って載ってたと思う。でも、ご遺族ならもっと具体的な時間を知ってるって可能性もあるかも」

 やはりこのゲームは、みゆきと深い関係のある人物が仕組んだもの。翔はそう確信した。

 用はそれだけだと言う美月との会話をもう少し続け、通話は終わった。完全に目が冴えてしまった翔は、布団から出ると、洗面所に向かった。顔を洗い、鏡に映る自分の顔を見ながらも、彼自身の脳は彼を捉えてはいなかった。

 以前、ルールに関して違和感を抱いたことがある。それはゲームの終了時間だ。何故あんな中途半端な時間だったのか――そのことを、自然と不思議に思っていたのだ。しかし、美月の電話で確証を得ることができた。

 そして彼にとってどうしても気になるのは、宗介の存在だ。発見したという弟のようには、どうしても思えなかった。

「他に考えられるのは……兄、親戚……まさか、婿?」

 みゆきがすでに結婚していて、宗介が婿入りしていたとすれば、年齢的にも納得がいく。

 翔はもう一度、みゆきに関する記事を検索してみることにした。――が、それらしい内容のものは見当たらなかった。

「――いや、恋人?」

 真由美の話を思い出した。彼女の話では、みゆきには当時交際している男性がいたと言っていた。その男性の名前を知っているか――彼女に聞いてみるのが先だ。

 翔は手にしていたスマートフォンを握りしめた。



 男二人がリビングのソファに座り、神妙な面持ちで向かい合っていた。理由は単純明快、自分たちが仕組んだ復讐劇が、成功しそうにないからだ。

「残り五回で、残り九人。殺人鬼の人数を抜いたとしても、全員殺し切るのは厳しそうだな……」

 ブラックコーヒーを飲む男は、ため息交じりに呟いた。

「あ、でも、姉さんに辿り着いた人はいましたよ」

 カフェオレを飲む男が顔を上げた。

「本当に?」

「はい。青葉翔と、友原美月です。それと彼らから話を聞かされて、下川真由美も」

 迷路のあちこちに仕掛けられている監視カメラから、彼は常に監視している。そこから得た情報だ。

「まあ、知ったところで殺人鬼を暴けないようじゃ、意味ないですけど」

 彼らの命を直接脅かしているのは、あくまでも殺人鬼だ。自分たちはその場所を用意しているに過ぎない。

 会話が途切れ、男はブラックから窓の外に目を移した。風が強く、カタカタと窓を叩いている。台風が近づいているとニュースでやっていたが、雨は今にも降り出しそうな空だ。

「そうだ、こういうのはどうです?」

 男は窓から目を離し、向かいに座るもう一人の男の顔を見た。

「ゲームを盛り上げるために、全員に武器を持たせてみるのはどうでしょう。その上で、行動人数の制限を解除するんです」

 全員が凶器を持っている。それだけで緊張感が高まるのは確かだ。行動人数に制限がなくなれば、自分の周りに武器を持つ者がたくさんいる――そんな状況にもなる。

「うん。そうしよう」

 男は提案を受け入れ、ブラックを飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る