【4】GAME2―午前零時―

 美月が気になって画像を表示させると、真っ黒い背景と赤い文字が画面を占領した。「ゲーム」という単語が昨日の夢とリンクするも、何かオンラインゲームなどを自分の名前でやっていたとか、作成された画像がたまたま表示されていたといったことも考えられた。

 いずれにしても、死因が不明なこととは無関係だろうというのが関係者の判断だった。けれど美月は、「ゲームオーバー」という文字から目を逸らすことができなかった。



 午後十一時四十五分。

 美月はすでに布団の中にいた。明日は朝から飲食店のアルバイトなので、そういう日は日付けをまたぐ前に寝るようにしている。

 昨夜のこの奇妙な夢の話について、結局友達には話さなかった。ネタのひとつに、とも思ったが、言うタイミングを窺っては躊躇われた。

――話してどうしようというのだろう。夢の内容も、それを細かく覚えているということも気持ち悪い。話してすっきりしたいと思う一方で、話を聞いた後の周りの反応が気になってしまった。

 ただの夢とは言いきれず、心の奥底に何かがわだかまっている。そしてあれ・・は、今日も見る気がする――そんな予感がした。その予感は的中し、美月の意識は少しずつ真夜中の闇へと落ちていった。



 翔の部屋にあるアナログ時計の針が音を刻む。いつもなら気にならない、むしろ心地よいとすら思うこの音が、今日はやけに耳障りだ。

 明日は土曜ということで仕事はないから、趣味の小説に没頭しようと本を開いた。ただ、うっかり寝落ちしてしまってまたあの夢を見るのはうんざりだと思うと、本の内容が頭に入ってこない。

 今の時刻は十二時五分前。落ち着かなくて、なんとなくスマートフォンの明かりに頼るも、なんだか心許こころもとない。

 メールボックスの確認をして、メッセージアプリを開いた。仲のいい同僚に連絡してみようと、トークの画面を開く。しかし、第一声に悩んでいるうちに瞼が重くなってきた。

 翔はんん、と目を閉じて体を伸ばすと、意識をそのまま手放してしまった。



 美月が目を開けた場所は、またもやあの真っ白い部屋だった。その中には警官やら新撰組やらの格好をした人たちがいる。見覚えのある光景に思わずあたりを見回して、やはりこれは現実なのか、と不安になった。ただの夢ではなかったのか。それとも今、自分は昨日と同じ夢を再び見ているのか。

 とにかく一人ではどうしようもなく不安で、何気なく動かしていた頭は、いつの間にか翔を探す行動に変わっていた。不安定な心情の中、唯一安心感を覚えた人だ。

「こんばんは。友原さん、だよね?」

 その声は美月の右耳に入った。

「青葉さん!」

 声のした方に顔を向けると、そこにはゆっくりと近づいてくる翔の姿があった。美月が名前を呼ぶと彼は口元を緩ませたが、前回よりもいささか表情が硬い。けれども彼の忍服を見て、美月は胸を締めつける圧迫感から少し解放された気がした。

「また、ここ……なんですね」

 美月は翔と肩を並べ、声のトーンを落として呟いた。正面には何も映っていないモニターがあり、その上の時計は「11:57」と表示されている。

 あの時計が実際の時刻であるならば、まだ日付けは変わっていないということになる。零時ぴったりにここに来るわけではないのか、と翔は思うも、よく見ればまだ床に横たわっている人が何人かいる。

「昨日は特に何もなかったけど……このまま何もなしってわけにはいかないんだろうな」

 翔の視線はモニターや時計ではなく、自分たちと同じように招かれた、それぞれの格好をしたゲーム参加者に向いていた。

 昨日、美月たちは少人数に分かれざるを得ない状況になった。そのせいか一人でいる者は少なく、誰かと話している人が多い。隣にいる人が殺人鬼かもしれない、そんな状況下なのに。

 翔はどんな表情で見ているのだろうか――と美月が彼の顔に目を向けたのとほぼ同時に、時刻は五十八分になっていた。

 すると先ほどまで何も映っていなかったモニターに、あのシルエットが再び現れた。ポーズまで前回と同じだ。

『皆さんこんばんは』

 ここにいるほとんどの者が話を止める中、ヨーロッパ貴族のような派手な格好の男性――ぽっちゃりではおさまらない体型がもったいないのだが――が声を荒げた。

「ちょっと、どういうことだよ?! ここにいない子がいるぞ! サンタの服着た女の子だよ! まさかあの子、抜けられたんじゃないよな?」

 モニターの男はふっ、と声を漏らすと、トーンを変えずに問いに答えた。

『ええ、彼女はこのゲームを抜けたんです』

「抜けた」という言葉にゲーム参加者が敏感に反応する中、数拍おいて低い声が聞こえた。

『「死ぬ」という手段でね』

 ドクン、と美月の心臓が大きく脈打った。

 自分が前回のゲームでしたことと言えば、四方八方を鏡に囲まれた道を翔たちと歩き、途中で自己紹介をしたことくらいだ。その間に実際に犠牲者が出ている――。

「おいおい嘘だろ? 本当に死ぬわけ……」

『嘘じゃありませんよ』

 穏やかな声だった。不透明だった「死」というものを、「だから言ったでしょう」と念押しされているような感覚だ。

『十二時になりました。話し合いを始めてください』

 モニターの男がそう告げると画面は真っ黒になり、男のシルエットは画面から消えた。それと同時に、白い部屋に沈黙が訪れる。

 ここに来てからまだたったの三分しか経っていなかった。

 モニターの男の言葉どおりならば、今回から話し合いの時間は十分しかない。しかし、時間が短いと分かっていても全員での話し合いにはなかなか移らない。モニターの男の声が余韻として残っている。自分に起きていることを受け止めるのに精一杯で、すぐに頭は切り替わってはくれないものだ。

 みんなきっと分かっている。何か対策を取らなければ、と。そしてこのゲームを「死を以て抜けたという女の子」についても聞いておかなければならないと。

 けれど、最初の犠牲者となった「サンタクロースの女の子」と親しそうな貴族姿の男性には話しかけづらい空気だ。誰かが聞くだろう――その期待というプレッシャーをかけ合ってしまっている。

 貴族姿の男性は右の親指を噛み、貧乏ゆすりが止まらない。

「その、死んじゃったって子の話、聞きづらいですね」

「そうだね……」

 美月はこの空気にたまらず翔に話しかけるも、二人の視線は貴族服の男性だ。

 一秒一秒確実にゲームの始まる時間が近づいている。この重たい空気を何とかしたいと思いつつ、しかし力強い男性の声で一蹴された。

「ダメだ、俺ぁこういうのは苦手なんだ!」

 その声の主は何人かを掻きわけて、注目の的となっている貴族服の男性の元へ歩いていった。

 見覚えのある野球選手の姿に、昨日四方の扉を開けようと最後まで粘っていた人だと翔は気がついた。身長はゆうに百九十センチメートルは超えていそうな、大柄な体格だ。

「頼む。昨日みんなと別れてから何があったのか、教えてくれ」

 野球選手の男性の真っ直ぐな言葉に、貴族服の男性は、近くにいた海賊の格好をした男性を仰いだ。いずれも何か言いたげで、どうするかと目で会話をしているような二人だったが、観念して海賊の男性が口を開いた。

「あの時……この白い部屋を出てから」

「ちょっと待った!」

 海賊姿の彼の言葉を遮ったのは、ターゲットになっている白い軍服の男性だ。

「なあ、さっきから妙だと感じてたけど……俺たちターゲット以外は、この部屋にいたんじゃないのか?」

 鋭い視線から逃れるようにして、海賊の彼は俯きがちになった。それでも開いてしまった口で説明を続ける。

「その……つもりだったよ。けど、上の方からガスが吹き込むような音がして……」

 そう言って海賊の彼が指さした方を、白い服の三人が同時に見上げた。

「だから毒ガスじゃないかってなって、慌てて他の扉に駆け込んだんだ」

 白軍服の男性はまだ通気口を見上げていて、海賊の男性には見向きもしない。

「それから少し中に入ったところで、この二人が分かれ道の前にいたから……」

 海賊の彼は二人――メイド服の女性、貴族姿の男性を一瞥して話を続けた。

 鏡だから分かりづらかったものの、そこにはなんと四つの分かれ道があったので、一人ずつ違う道を進んでみようということになったのだと言う。

 サンタクロースの女の子はと言うと、この三人の前を走っていたようで、彼女がどの道を選んだのかは誰も知らないとのことだった。

「なら、分かれ道の手前で最初に止まってた奴は見てないわけ?」

 三人を睨みつけながら白軍服の男性が問うと、貴族服の男性が知らないよ、と慌てて弁解した。

「確かに、サンタの服を着た女の子が前を走ってるのは見たけど……鏡で反射しまくってて、どの道を行ったのかは……」

 貴族服の彼のすぐ後ろにいたメイド姿の女の子もまた、分からないと全力で頭を横に振った。

「でも、三人以下で行動しないって最初に決めましたよね?」

 急に美月の後ろから声が聞こえたと思ったら、後ろにいたらしい学ランを着た桐生宗介が、険しい表情で三人を見ていた。彼の問いには海賊姿の男性が答えた。

「仕方ないだろう。私も含め……殺人鬼かもしれない人間と少人数で行動をともにするのは、怖いんだよ」

 バツの悪そうな顔をする海賊の男性だったが、他の人もそれ以上は責められなかった。

 結局、サンタクロースの女の子がどのような状況に置かれていたのかは分からずじまいで話がひと段落した。

 この時点ですでに五分が経過し、美月にはこの案しか頭になかった。けれど注目を集めると思うと、少しずつ大きくなる胸の鼓動は、より一層激しさを増した。それでも残りの時間を考えると、これしかないと思った。

「あと五分もありません!」

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