第62話 ドレス選び。

「和泉様方、ようこそいらっしゃいました」

「お世話になります」


 落ち着いた雰囲気の女性店員さんが私たち三人を出迎えてくれた。


 もう何度も訪れたことがあるので、この店員さんともすっかり顔なじみである。

 もっとも、そのほとんどは和泉であって、私自身はゴールデンウィークにあった一条家のパーティーの時にしつらえた時が初めてだった訳だけれど。


「ね……ねー、いずみん。ここ、本当に私でも大丈夫なのー?」


 いつねさんが不安そうに聞いてくる。


「大丈夫ですよ。上を見ればキリがありませんけれど、そこそこのお値段のものもちゃんと置いてありますから」


 お値段の割にお洒落なドレスがあるということで、一部では有名なお店なのだ。


「でなければ、お姉様はともかく私が来れるはずがないですわ」

「にののんだって十分お嬢様じゃないのさー」


 まぁ、確かに。


「お値段をお気にされていらっしゃいますか?」


 店員さんが柔らかな微笑みを浮かべて尋ねてきた。


「えっと……。はい。あたしは和泉さんや仁乃さんほどお財布に余裕がある訳ではないので……」

「ご予算はいかほどでしょう?」


 いつねさんは金額を告げた。


「靴やアクセサリもご用意致しますか?」

「それは持っているので、今日はドレスだけで」

「私たちも、今日はいつねさんに合わせて選びたいと思います」

「かしこまりました」


 店員さんに案内されて奥へと進む。


 この店は日本の若手デザイナーのドレスを中心に扱うお店である。

 すでに名の通った古参のデザイナーのドレスはやはりお高いけれど、ここは新進気鋭のデザイナーが新規顧客を開拓するのに利用しているお店なのだ。

 ゆえに、お値段は控えめである。


 とは言え、デザインはなかなかいいものが揃っている。

 中には、少し奇抜なものもあるけれど、掘り出し物が見つかることもあってあなどれないのだ。


「和泉様と仁乃様はサイズ変わっていらっしゃいませんか?」

「はい」

「ええ」

「ではいつね様だけ採寸させて頂きますね」


 いつねさんは店員さんに連れられて採寸室へ消えていった。


「お姉様、私たちは先にドレスを見せて貰いましょう」

「はい」


 思い思いに見て回る。


 一口にドレスと言ってもいろいろあるけれど、今回選ぶのはイブニングドレスである。

 女性が夕方以降に着る正礼装だ。

 腕や胸元、背中を大きく露出させた、女性らしさを強調するドレスで、くるぶしを超える裾の長さからロングドレスとも言う。


「お姉様はまた黒ですの?」

「はい」

「たまには明るいお色もお召になりましたら? きっとお似合いですわよ?」

「黒が好きなんですよ」


 華やかな色は、どうもドレスに着られている気になってしまうのだ。

 あと、仁乃さんが決まって華やかな色を選ぶので、比べられたらたまったものではないという心理もある。


「仁乃さんは毎回いろいろ試してますけれど、今回は?」

「そうですわね……。赤系でいいのがあると嬉しいのですけれど」


 水着の時といい、仁乃さん赤好きだな。


「私はサイズが合うかどうか心配です」


 女性にしてはかなり身長がある方だから。


「国外のお客様向けのドレスもございますから、ご心配には及ばないと思いますよ」


 店員さんがいつねさんを連れて戻ってきた。


「いつね様は身長の割にグラマラスでいらっしゃいますね。お三方それぞれに特徴があって、選び甲斐がありますわ」


 店員さんは嬉しそうに笑った。

 のっぽの私、モデル体型で普通くらいの身長の仁乃さん、低身長でグラマラスないつねさん。

 確かに、三者三様だ。


「とりあえず自由に見て頂いて、気になったドレスをおっしゃって下さい。あとは相談して決めていきましょう」


 自分の好みも大事だけれど、やはりプロの意見というのは貴重だ。

 私たちは頷いて順に店内を見て回った。



◆◇◆◇◆



「お選びになられましたか?」


 私たちはとりあえず第一印象でこれ、というものをそれぞれ選んだ。


「まずは和泉様から」


 私が選んだのは、黒のシースラインのドレス。

 シースラインとは身体に自然にフィットした細身のシルエットをしたデザインのことである。


 胸元は船の底のような形をしたボートネック。

 私はあんまり胸がないのでこれにした。

 かのオードリー・ヘップバーンもボートネックを愛用していたとか。

 まぁ、私なんかと比べるのは恐れ多いけれど。


 ワンポイントはレースをふんだんに使ったフレンチスリーブ。

 肩にちょこっとだけ袖がある感じだ。

 イブニングドレスは袖がないのが基本だけれど、フレンチスリーブは袖の中にカウントされない。

 少しでも露出を抑えたいという願望の表れである。


「和泉様は背が高くていらっしゃいますから、ラインはボトムにボリュームのあるAラインなどの方がいいかもしれません。シースラインだと、ひょろっとした印象になってしまいかねませんから」


 なるほど。


「その他はそのままでいいと思います。さすが和泉様はドレスを選び慣れていらっしゃいますね」


 お褒めの言葉を頂いたけれど、そのほとんどは和泉の功績なので面映い。

 というか、ラインの選択を間違った時点で、基本がなってないと怒られそうなものだ。

 でも、店員さんはそんなことはおくびにも出さない。


「次は仁乃様」


 仁乃さんが選んだのは、ダークレッドのマーメイドラインのドレス。

 マーメイドラインとは、上半身から腰、膝あたりまでぴったりとフィットし、膝下あたりからひらひらと広がったデザインのこと。

 優美なラインが女性らしさを強調し、上品でエレガントな雰囲気を醸し出している。

 裾にボリュームのあるデザインは腰上と足元にポイントが置かれ、歩く姿を美しく見せてくれる。


 胸元はこれまた水着の時と同じくワンショルダー。

 アシンメトリーなデザインに、仁乃さんのこだわりを感じる。


「それでしたら、もっといいドレスがございますよ」


 店員さんが出してきたのは、全体にたっぷりドレープを使ったドレス。

 ドレープとは布をたらした時にできるゆったりとしたひだのこと。

 先ほど仁乃さんが自分で選んだのとくらべて、エレガントさが五割増しである。


「素敵! そちらにしますわ!」

「ありがとうございます」


 仁乃さんの好みを知り尽くしている。

 さすがプロ。


「最後はいつね様ですね」


 いつねさんが選んだのは、白のエンパイアラインのドレス。

 エンパイアラインとは、バスト下にスカートと身頃の切り返しがあり、そこから直線的に裾に向かって落ちていくデザイン。

 ウエストの位置が高いので小柄な人にも向いている。


 胸元はラウンドネック。

 丸くカットされたラインのことで、優しく女性らしい雰囲気を演出している。


「素敵です」

「かわいいですわ」


 何より白というのがいつねさんの雰囲気にあっている。

 と思ったのだけれど――。


「胸元はハートカットネックにしましょう」


 店員さんからちょっと待ったの声。


 ハートカットネックは、肩紐がなく首から胸元にかけてを大きく露出し、胸元をハート型にカットしたデザインのことである。

 胸がある程度ないと、着こなせないネックデザインである。


「えー……」

「せっかく豊かなお胸をしていらっしゃるのですから、それを活かさない手はありません」

「でも、恥ずかしいです……」

「慣れですよ。一度着てみて下さい」


 店員さんが新しいドレスを出して、いつねさんが着替える。


「ど……どうかなー?」

「わお」

「わお」


 私と仁乃さん、どうしようもない敗北感。


「や……やっぱりさっきの方が……!」

「いえ。絶対にこちらの方がお似合いです」

「そうですね」

「くやしいですわ」


 いつねさんは恥ずかしそうだけれど、店員さんが言うとおり、絶対にこっちの方がいい。


「いつねさんは肌も白くていらっしゃいますし、何よりそのネックで白のドレスですから、アクセサリはルビーやサファイアなどの濃いめの色のものをお召しになると、一層映えると思います」

「うー……。恥ずかしいけど、分かりましたー……」


 そういえば、アクセサリも必要なんだっけか。

 最低限、イヤリングとネックレスはおさえておかなければならない。

 あまりじゃらじゃらさせる必要はないけれどね。


 私は黒のドレスだからダイヤでいいかな。

 仁乃さんもダークレッドの濃い目のドレスだから、きっとダイヤかアメジストあたりではないだろうか。


 靴はパンプス、小さめのバッグと女性のドレスコードはいろいろめんどい。

 まぁでも、一番悩ましいドレスが片付いたのでよしとする。


 私たちはそれぞれにドレスを受け取って、ブティックをあとにした。



◆◇◆◇◆



「ねーねー、あたし本当にこれでよかったのかなー?」

「何を言っているんですか。素敵ですよ」

「殿方たちの視線を釘付けですわ」

「あたし、あんまり目立たたなくていいんだけど……」


 いつねさんはまだ恥ずかしがっていたけれどもう遅い。

 いいじゃない、可愛い上にグラマーなんだから。

 ふん。


「お姉様はモデル体型ですし、いつねさんはグラマーですし……お二人と並んで立つのは気が重いですわ」


 などと悩ましげな吐息を吐く仁乃さんだけれど、私なんぞよりも仁乃さんの方がよっぽどモデルさんである。

 まったく、いつねさんといい仁乃さんといい、二人して自分の魅力がわかってないな。


 私なんてひょろ長いだけなんだぞ、と今日一つめのため息をついて帰路についた。

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