第六章①〈憲章機構〉と『異界の呪詛』。



「な、何なのよ。……何なのヨッ、コノ状況はあああァ!?」


最早 懐かしささえ覚える、ヒンヤリ涼しい暗闇…。

…そこに帰り 埋没した安堵感からか、思わずアタシは 叫ばずにはいられなかった。



【祝♡奪還! 皇国海洋侍衛軍 海幕総監府海専兵站局 皇国北部恩賜艤装工廠 兼 第四艦隊主碇泊供用港】


ついに 皇国は、18年間という長き不当占領から、この『北部軍港及びその周辺領土』を 帝人領の手から取り戻したのだ…。


…そう 領土、だけは。



鉱山での あの巨大なムカデ怪獣との戦闘を終え、かなり疲弊していたアタシ達は 一旦 山から降り 付近の木陰に避難してから、交代で半日休養を摂った後 先行していた紅さんと合流し、北部軍港に入っ、れなかった…。

…というか、覗き見さえ させて貰えなかった。

到着した時には 既に、主要な出入口に 簡易式の封鎖結界が張り巡らされていたからだ。


その上、ミナコやゲンジ卿、姉の実父である老ラウールら〈厄の審問団アウターシーカーズ〉が持っていたのと同じ、オリハルコン・ミスリル合銀製の鑑札かんさつを翳す一団と皇国軍兵士らが、結構 激しく押し問答していた。

いつ果てるとも続くソレらを 休憩しながら横目で見つつ待っていた、ほぼ全損で壊滅してしまった討伐系専門B+級パーティ『メリケンパーク銃士団』を吸収したイグサス率いる〈蒼穹〉と アタシ達は、特別褒賞金と ついでの様に渡された軍配給の兵糧膳Cレーションを 受け取った途端に、半ば 厄介払いな感じで 軍港周辺から追い出され…。

…結局、最初の襲撃直後に使った坑道前控え場に戻って来ていた。


因みに イグサス達は、もう ここには居ない。

次の依頼人に 指定されている場所まで相当 遠いらしく、パーティ所有というか 尻デカ女が所有する……かなり豪華な三頭立て馬車 三台を呼び寄せ、挨拶もそこそこに出立してしまった。


イグサスから『勇者号』をもぎ獲るれないまま居なくなったのは、残念だけど 仕方ない。

まあ、尻デカツバキが居なくなった事を 喜んでおこう。


そんな事よりも…。


「…何か…。…男の人が、成人男性が1人も居ないって……」


アタシは、黒服スライムアタルが取り出した携帯型行灯ランタンに 奇妙な形の聖学系火打ち器具で明かりを灯すのを見ながら、別れ際に 紅さんが教えてくれた内容を、震える身体を抑えながら 何とか……色々 我慢しながら吐き出した。


軍港と周辺の村々から 酷い有り様で発見されたという、2500名の若い女性達…。

…そして、帝人兵との間に出来たのだろうという 500名程の子供達。


だけど、ソレら以外は 臣民たる殆んどの皇国北部領民の姿は……無かったらしい。


「…他文化他民族共同体からの内政干渉どころか、不当占領からの治外法権容認。そして、事実上20年近くの統治権完全放棄だからな。いわんや、青鬼や犬頭鬼の蛮族共に まっとうな占領統治など期待出来んしな…」


沈黙は金…。

…閉ざされた暗闇に灯された 黄金色の明かりは、しかし 動揺はしてても照らし出された注目と 傾聴には耐えられないのか、目を瞑り虫女の胡座上あぐらじょうに座した(?)姉が 平坦な声で答えて来る。


「…でも、帝人に比べて遥かに強国の皇国ウチの国が、何で そんな18年も?!……そんなに長い間の占領を、許してたのよっ!?」


「まあ 確かに、その辺は色んな意味で疑問の余地はあるが、先ずは 事が事だけに〈憲章機構〉の存在だな」


「……」


「知っての通り。かの組織は、〈厄の審問団〉という 世界随一の戦力保有と、その ほぼ無制限の行使を 国際的に認められている。……が、ほぼは ほぼだ。当然、制限は存在する」


「……」


「本来、世界各地に散らばっているはずの〈英雄〉……最高級の戦略兵器達を一ヶ所に集め、一部の者らが ソレら『特級危険物』を管理運用する、かの世界的な国家連合体。非常に危険な組織だと理解しつつも、結局 各国首脳らも ソレらに頼らざるを得ない窮状が、この世界には厳然としてあるからだ。そして、その窮状こそが……〈千年忌の厄〉及び〈幻神災〉であり、かの『憲章機構』なる組織が拠って立ち、存在を許される大義名分なのだからな。つまり、18年前に この地が 対〈厄〉戦闘の最前線になった際に、『機構』加盟国であった帝人による『逸早い』出兵要請と自軍部隊の早期派兵には、国際法上の正当性がある……という事だ」


「……でも……」


「ああ。憲章効力期間は『当該事象発生時 又は事象消滅時に確認・想定された脅威が発生しなくなった日から起算して、10年を限度として 外国派遣兵力は撤収しなければならない』のくだりだろう?……まあ、コレに関しては皇国我が国外交部門の完全敗北 としか言いようが無いな。ただ、本件が これ程までに陰惨な結果になったのは、恐らくは アレらの『第三世代』……いや、若しかしたら『第四世代』が 干渉したからだろう……」

姉は、吸い込まれそうな程キレイな 碧眼を 虚空に対して見開きながら、呟いた。


「へ?……アレって、『第三』とか『第四』って何よ?」


「…………愚妹よ。 お前は〈紅夜叉教〉という 異界から伝わったとされる狂気……『禁忌教義』を知っているか?」

珍しく姉が心底 居心地悪そうに、アタシに尋ねて来る。


「いや まあ…。…トンでもなくヤバい『絶対禁忌』で、それこそ さっきの『憲章』でも『禁教』として扱われてるから、名前くらいは 聞いた事あるけど、教義内容とか 実態とかは知らないけど……」


「知らんで良い……いや、知るな」


「………………」


「生半可な気概や 高度な知見に基かない、エセ哲学を持って コレに触れると、それこそ 途轍もない聖学的呪詛……異界由来の強力な呪いを、受ける羽目になるからな」


姉は そう言って、ただ 口を閉ざすばかりだった。

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