第五章(22) 『夏戦争』の終結と〈紅夜叉紋〉。



頭上からは、明らかに朝日よりも高く 強いの光が、燦然と降り注いで来ていた。

だが 周りには、闇が……金属的な 鈍い煌めきを有する朱い闇が、蛇行しつつ 無数の足を蠢かせながら、トグロを巻き…。


…我々の 周囲に充溢する 靄のような白い大気そのものを、締め上げていた。


〈蛇〉の箱庭…。

…いや、コレは 所謂…。


「…〈ムカデ〉の箱庭とでも言うべき状況か」


……どうやら。

先程まで居た坑洞は、件の〈幻神災レイドボス毘沙門クベーラ〉の巻き付きによって 平らに砕かれ、ならされてしまったようだ。

ただ、そんな 山をも砕く程の 規格外に巨大な蛇身に、我々まで均されなかったのは…。


「チョ、ムリッ?!……チョチョチョチョ、コレは…コレはヤバいヨッ ? ムリムリムリ!!…」


ググウ♪…ググウウゥゥゥゥ、ググウウゥググウウゥゥゥググウウゥゥゥゥゥゥゥゥ…♪…。


…つい先頃まで、〈西の勇者〉パーティさえ 簡単に抑え込んでいた 雷帝と化していたはずの……愚妹が張った 雷系霊震防御術〈白象結界アイラーヴァタ〉だった。


しかし、朱きムカデに締め上げられる 靄からは、恐らく 愚妹の…。

…いや、間違いなく 愚妹の腹の虫と 靄自体の悲鳴のような咆哮が、まるで競い合うかのように 交互に聞こえて来る。


対魔術防御では『殆んど役に立たない』、異能中の異能である〈白き象〉を あの状況で、瞬時に展開した機転と戦闘感の良さは 称賛に値するのだが 、如何いかんせん 今日は……愚妹を使い過ぎていた。

所詮は 自称〈女勇者〉であり、胸部の発育ブリから分かるように 元々、燃費効率が非常に悪い イタい愚妹なのである。


「…姉さん、今……何か 言った?」


そう言えば…。

…この物理結界の展開範囲内での愚妹は、五感だけでなく 第六感まで増幅されるのだったな……くわばらくわばら。


「……いや。何も言っておらんし、ナニも考えてさえおらんな、ふ」


「…………そう? なら良いけど、って 良くないからっ!? 一応、『曇天の王国ウチ』の指揮官リーダーなんだから、流石に何かは 考えてよッ !! 正直…。…あと1分も 保たない……わよ!?…」


「…フム。……」


白き空間の中心から 急かす愚妹の、色んな意味での窮状は 察しているが…。

…だが………現状に於いて 我には、どうしても無視出来ない 疑問があった。


何故『締め上げるだけ』……なのだ?


あの巨体と、圧倒的質量に任せての 一点突破で…。


「…何故 攻撃して来ない?……我々の殺害や駆逐が『目的ではない』、のか?…」


「…へ?」

そんな、愚妹による 間抜けな疑問符が打たれた刹那…。


…靄の一部が喰い破られ、〈象〉の悲痛な叫びが鳴り響き。

そして 朱き大ムカデの『目的』が、黒い口元に吊り下げられていた。



「……なるほど…。…アクドゥーオ、か……む?」


場違いに煌めく衣装を纏い 気絶したままの、『神売り』と蔑まれるオーク外法師。

乱れたその襟元から ふと、覗くものがあった。


……金色で縁取りされた『紅い五芒星』に、やはり 金色の戦鎚と大鎌を交わした独特かつ やたらと好戦的な意匠デザインの、色刺青カラードタトゥーだった。

ソレは…。


「…なあっ!?〈紅夜叉べにやしゃ教〉の…!?…」


我がそう 呟いた途端…。

…大ムカデは、追撃を許さぬ程の荒れ様で 朱い全身を激しく蛇行させながら 踵を返し、脇目も振らずに 北部軍港のある方角へと 走り去ってしまった。


廃鉱どころか、無残にも鉱山とその周囲が瓦礫と化した そこに残された我々は、真夏の日差しに焼かれながら、只々…。


…走り去った 朱き嵐が消えた方を、呆然と見詰めるばかりだった。

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