第五章(21) 朱き大ムカデと、愚妹の戯れ。



まるで〈ドラゴン〉のように巨大で、かつ鮮やかな 血色の甲殻を鎧った 蜈蚣ムカデの頭部からは、金属同士が擦れ合う凄まじく 不快極まる騒音と 悪臭を伴う咀嚼だけが、響いて来る。



アクドゥーオに 召喚されて早々に、愚妹の雷撃救いや ロク、双剣使いの天魔スライム小僧、残存の勇者パーティ〈蒼穹ザ・スカイ〉の面々によって屠られた 橙褐色とうかっしょくのG型黄泉兵…。

…『銅喰みスカベンジャー』らの遺体を食らっているようだ。


ミスリル銀には及ばないとは言え、精錬済み素材としては 高強靭金属として名高い『魔銅』製の甲冑というか、外殻を有していた遺体を 貪るように頬張るなり、容易く噛み砕き、数秒後には全ての銅喰みらを 嚥下してしまった。

この広い坑洞内に、『頭しか』入らない程の 常軌を逸した大きさの虫型魔獣。



「…コイツの、事か」


先程、紅四号氏が言っていた 未確認の龍種『かも知れない』何か。


アレと…。

…姉の顔と声をした 件の〈夜叉の女王クイーンヴァンパイア〉と、ソレが率いていた最上位〈餓鬼種グール〉である銅食み達……その上、こんな怪獣モドキに襲われたのならば、帝人の看板精鋭部隊 尖鋭陸戦団を擁する第五軍団を 一晩で潰走させたという事実も、まあ 頷けるというものだ。

だが問題は、このムカデ怪獣の…。

…『あかさ』だった。


コレでは まるで、御伽噺おとぎばなしの……かつて、世界を滅ぼし尽くしたとされる 魔軍最強の猛将…。

…伝説の戦魔〈朱き銅〉の姿、そのものではないか。


「……どういう事だ?……」


コイツは 確かに、U級ウルトラクラスという破格の災害指定を受けるとは言え、

しかし、変な言い方だが…。

…たかだか 四千年程前に突如 顕現し、以降 ただ明滅を繰り返して来ただけの、定期で軍や冒険者に討たれるだけの……〈幻神災強襲討伐対象〉以外の、何者でもない存在だ。

……にも拘わらず、〈U級指定 幻神災レイドターゲット毘沙門クベーラ〉に関して、これまで見聞きした 文献や軍の報告資料の中に『赤備え』の表記など、見た覚えがない。


「…………オイ!? そこのオッサン! ギルとかいう、そこの! 」

我は、多少疲れた様子ではあるが それでも臨戦態勢を崩していない、北大陸出身の男性冒険者を呼ぶ。


「……アアン!? 何だ、銀髪の嬢ちゃん?」


「北の、〈毘沙門〉の 北での目撃情報を教えてくれ !」


「この非常時に 〈毘沙門アレ〉の情報、たって…」

オッサンは、リーダーである〈勇者〉イグサスの方を伺う。


「ギルっ、教えて上げてくれ! ヒマワリ先輩は 信用して良い人だから」

蒼きオリハルコンとミスリルをふんだんに使用して鍛えられた神剣で、大ムカデの横っ面を斬り付けながら、若き〈勇者〉はオッサンを説得してくれる。


「わ、分かった! とにかく、北でのヤツは黒い得物を持った 男女の半薬叉ハーフエルフ。それと、馬鹿デカい虫型の……『黒い』魔獣って、オイッ!」


我の声か、〈勇者〉か、はたまた オッサンの声なのか、とにかく 音に反応したらしい大ムカデが、こちらを見る。

その 孔状の複眼には、無数の……デスマスクが悶えながら蠢いていた。

そして、その惨状に一瞬 目を奪われそうになった時には、ムカデの黒い顎が 視界全面に広がって…。


ギュイギギ!!……ン !…ン。


…勿論、我は 目を伏せたりしない。


彼女の……白眼を剥いた不様な愚妹を 肩に担ぎ、左手でゾンザイに〈天道虫〉を握ったまま、右腕の手甲ガントレット…。

…その指先までをも肥大化させた 女〈楯奴ヴリトラ〉の、インターセプトが入る事を 我は当然 知っているのだから。


女性にしてはかなりの大柄とは言え、彼我の体積比から考えれば 華奢どころではない軽量の彼女は、帝龍級の巨大魔獣による突進を受け止めただけに留まらず、有ろう事か…。

…弾き反してしまった。


我が空かさず、戦闘の邪魔になるだろう愚妹の頭を ムンズと掴みながら引き取ると、彼女は直ぐ様 尋常ならざるその脚力で 砕けるほどに地を蹴り、赤備えの巨獣に対する 追撃に移った。

未だ 間抜け面で気絶し続け、既に角も引っ込んでいる愚妹を 地面に寝かせ、その顔を少しだけ覗てから、徐に 足で横向きにし……それから。


蹴る。


「ケへッ……ほうっ!? ガハッアはっ!…ヶホッ!コハ!」


「相変わらず、珍妙で唐突な 発声訓練だな、愚妹よ」

一人 悶絶寸前に息切れしながら、5cm近い肉玉を吐き出した愚妹を見下ろしながら、彼女に告げた。


「いや!?ヶホッケへッ…こんな発声コハ!練習するッアは……人とか居ないし、ほハっ!? ガハゲヘっ!…第一、無いしッケへッ こんなヤバい練習方……ゴヒハ……法!」


「まあ、先ずは 水を飲め…。ゆっくりと……ふ」

背中を擦りながら、愚妹のお気に入りである蜂蜜入り柚子湯を勧め、同時に展開した式神しきに命じ、愚妹の治療と洗浄に当たらせる。


「ありがと…。…て、ぅあ。チョ! ダメだからネッ!?……右腕治すのは?」


「分かった分かった。……チッ」

強情な愚妹である……一体、誰に似たのか。


ロクが参戦し、元々 頭部という最大急所を晒しての不利な戦闘だからだろう。

朱き大ムカデは、怒りの咆哮を上げはしていても、実際は 攻めあぐねている様子だ。



それはともかく。


犠牲者の遺体…。

…いや、かつて この一帯で不幸にも死ななければならなかった 天壇や ユキナ姉を始めとした鉱山村の人々の死面デスマスクを有する銅食み達。

ソレらを 統率し、または捕食する…。

…かつて、ロクと同等に張り合い 黒曜製の三叉戟を有していた『赤肌』の金剛夜叉や、生前は〈紅蓮〉と称された亡き姉と同じ戦闘スタイルでまみえた女夜叉と、『朱いムカデ』。


「……姉さん? ちょっと…」


先程のオッサンから提供された、北の〈幻神災〉情報を 加味して考えると、同じ存在モノのようにしか 思えない。


「ねえ?ねえねえ……何か、コレ…。…ヤバくねえ?……ねえねえねえね姉さんえねえねえねえ姉さんねえ…」


では 何故、ここでは、若しくは 西大陸では…。


…『朱く』なる必要がある?


「ねえ姉さん、ねえねえねえねえね姉さ…チョ、ァ痛ッ!!」


「…………何だ?」

思案を邪魔された腹いせ……ではなく、こんな状況でも遊び心を忘れない 愚妹の戯れに付き合う意味で、彼女の脳天に踵を落としたまま 我は尋ね返した。


もう、いい加減 見慣れた。

いつもの風物詩とも言うべき光景。


「イヤ。だから、ヤバくない!? 何かココ…………崩れそうなんだけど」


つまり、痛むイタい頭を擦りながら 愚妹が致命的な意見を述べて来るという、お約束な光景だ。


「…何、だと……!?」

絶句しつつ、見上げた先には…。


…挫滅轢断。

粉々に砕けながら、津波の如く滑らかに落下しつつ 我に覆い被さろうと迫り来る、大量の土砂映像のみが…。



…この暗い空間での、最後の記憶となった。

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