第四話 理科室の模型

1 ×マーク

1-1

 パソコン室のヘンななフシギを作ってから一晩明けて、水曜日。私はいつもどおりに三人で登校して、裏門からグラウンドに入ったんだけど。

「何かあったのかな」

 グラウンドの向こうに人だかりがある。ニノミヤさんがいるところだ。

「何かのアニメで、芸能人があんなふうにファンから囲まれてたっけ」

「前は変な銅像といわれていましたけど、今は『ニノミヤさんの噂を聞いたお陰でテストのコツがわかった』という人もいるそうですね」

「だからっていきなりあそこまでの人気者になるのはおかしいだろ」

 どうせゲタ箱も同じ方向だから、私たちも近づいてみた。相変わらずニノミヤさんはマキ運び&本読みのポーズ。でも、よく見るとおかしい。顔に大きな模様がある。

(あれは×マーク?)

 黒い液体がたれている。ペンキ? それとも墨汁? 他の子から話し声が聞こえてきた。「誰がこんな落書きを」と。

(私たちなら、犯人が誰かって本人から聞ける。でも今は無理だよね)

 先生が「早く教室に行け」といってきて、みんなゲタ箱へ向かった。そのとき私はおかしなものを見た気がした。

 ホットパンツの男の子。背が低くて坊主頭。私の目を引いたものはヘアスタイルじゃない。

(ランドセルを背負ってなくて、手提げもない。手ぶらで来るわけないし)

 一回教室まで行って、荷物を置いてきた? 思いついたとき、その子はもういなくなっていた。


 放課後、私たちは三人でゆーま君の部屋に入った。できることなら今日にでも七番目のヘンななフシギを作ってあげたい。

「ゆーま君、来たよー……あれ?」

 普段ならゆーま君はソファーに座っていたり短冊を眺めていたりしていて、私たちに返事をくれる。でも今はゆーま君の姿が見えなくて、返事もなかった。

「お出かけ中? 珍しいね。カギもかけないで不用心だなぁ」

「かけてたのと同じだろ。あたしたちはカギ代わりの折り紙を使って入ったんだ。それと、住人はここにいるぞ」

 アミちゃんがソファーの後ろを見下ろしている。私とツキちゃんがそっちに行ってみると、緑色のモコモコがふるえていた。これじゃ出荷中でトラックに揺られているブロッコリーだよ。

「どうしたの?」

「来たっシュ。お、怒ってるっシュ」

 ゆーま君は声もふるえていた。

「何が?」

 今までもゆーま君は怖がりだったけど、ここまでになったことはなかった。怖いはずの妖怪が怖がりって、相変わらずどうなの――私はそこまで考えたところで思い立った。

「もしかして、縄張り荒らしの妖怪が来た?」

 ゆーま君がななフシギを作りたがったのは、そして私たちがヘンななフシギを作ろうとしたのは、この学校をゆーま君の縄張りにするため。そうしないと他の妖怪が来るかもしれない。

 そんな妖怪がゆーま君みたいな感じだったら怖くなさそう。違ったら?

 ドドドド!

 後ろから大きな音がした。ゆーま君が縮み上がって、私たちは振り返った。

 扉マークがおかしい。電流みたいなものが伝っている。

「私たちはカギ代わりの折り紙でここに入るけど、縄張り荒らしは無理やり入ろうとしてる?」


「この……」


 男の人の低い声が聞こえてきた。私たちよりずっと年上っぽい。


「このななフシギを作ったのは誰だ!」


 扉マークがフラッシュして、大柄な姿が部屋の中に現われた。

「やっぱり、モノノフ……モノノフっシュ」

 ゆーま君がいったのは名前だろうか。『やっぱり』って、もしかして知っている相手?

 モノノフとかいう妖怪は、黒いクマそのものの顔だった。がっしりした体型で、着ているものは私たちが毎日使う洋服じゃない。着物だ。足にはわらじ。腰に刀を差して、頭の上にはちょんまげ。クマ部分を差し引けば、時代劇に出てくるお侍さんとしか思えない。

 まなざしは鋭くて、こっちをにらんでいる。私はしり込みしそうになった自分をおさえた。モノノフが片手でわしづかみにしているのは。

「ゾウさん?」

 モノノフはピンクのゾウさんを無造作に投げてきた。私がかろうじて受け止める。

「ゾウさん、大丈夫? ケガしたの?」

「つかまっただけだよ。でも、こわかったよ……!」

 ゾウさんが泣きじゃくる。顔には印。真ん中に×、その左右にも×。合計三つの×だ。私はモノノフをにらみつけた。

「こんな小さい子に何するのよ! ×を書いたのもあんた?」

 モノノフはこっちをにらんだまま。大きな手で指さしたのは、ゆーま君。

「貴様! なぜ人間などと一緒にいる!」

 私、無視? ゆーま君はふるえる瞳で見上げる。

「ぼ、ボック、この子たちと、ななフシギを、作ってて……」

「何だと! わしらのほこりを忘れたのか!」

 この人(妖怪だけど)、怒鳴らないとしゃべれないの? またゆーま君に身をすくませる。

「弱気であった貴様が人間の学舎まなびやに住むといって里を飛び出し、少しは骨のある者になると思ったが……なげかわしい!」

 どうも妖怪の隠れ里みたいなのがどこかにあるみたい。妖怪マンガでもそういうのを見た。

「話している人間に忍び寄り、噂をななフシギに変える。それが本来の方法であろう!」

 そういうものだったのかと、私は今ごろになって知った。ゆーま君の方法しかやっていなかったから、それが普通だと思っていた。

「第一、何だここのななフシギは! 一つずつ見て回ったが、間の抜けたものばかりだ!」

 モノノフはササをじろりと見てから鼻で笑う。

「短冊は一応六枚あるが、作ればいいというものではない!」

「黙って聞いてたら、好き放題いってくれるじゃないの!」

 私が叫ぶように告げると、やっとモノノフの視線が動いた。私はギクッとしたけど、大人しくしていられない。ゾウさんをツキちゃんに預ける。

「あんた、文句があるからって一番弱そうな子をいじめるのはおかしいんじゃない?」

 モノノフはいらだちのまなざしだった。

「そいつは一番くだらんのでここへ連れてきたまで。人間を怖がるなどありえん」

「私たちは、ゆーま君と私たち両方の意思をカバーできるようにヘンななフシギを作ってるの! 横から口をはさまないでよ!」

「人間の意思など知らん!」

 モノノフは私の意見をあっさりと踏みつけた。

「こうなれば、わしが手本を見せてやる! 本当のななフシギでな!」

(そんなの困るよ!)

 私は背筋を冷えさせた。モノノフが作るななフシギは普通に怖そう。ゆーま君だって、他の妖怪がななフシギを作った場所じゃ自分の縄張りといえないんじゃないだろうか。

 当のゆーま君は、ふるえるだけ。あんな怖い妖怪が相手じゃ仕方ないって気もするけど、もっとしっかりしてほしい気もする。

(あと一つでヘンななフシギ完成なのに)

 モノノフの割り込みを防ぐためにはどうしたらいいのか。私は一生懸命考えていた。

 ツキちゃんはおびえた目でモノノフを見ている。アミちゃんは黙っていられないのか前に出ようとしたけど、その前にモノノフがバカにした笑いをかけてきた。

「いや、これまでどおりに七つ目を作らせてやろう。くだらんななフシギによる縄張りであれば、わし自らやぶってやるがな!」

 またゆーま君をにらむ。ゆーま君の方はふるえるばかり。

「いつまでも待ってやるわけではないぞ。今から五日ののちまでだ。場所もわしが指示する」

「どうしてお前の意見に合わせてやらないといけないんだ」

 モノノフは、いい返したアミちゃんを鋭くにらむ。

「文句があるのなら、くだらんななフシギを今すぐ壊して回ってもいいぞ?」

 そんなことをいわれたら、黙るしかない。

「場所は、人間どもが理科室と呼ぶ部屋。そこにある不気味な人形二つを使え」

(人体模型と骨格標本のこと? そういえば、あれは)

 私はゾッとなった。モノノフがニヤリとしたのを見て、動揺を精一杯に追い払う。

「……わかった。私たちが本当のヘンななフシギっていうものを見せてあげるんだから!」

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