第22話『レイブン少女隊』

妹が憎たらしいのには訳がある・22

『レイブン少女隊』    




 幸子の頭脳には二つのバージョンがある。


 サイボーグとしてインストールされた状態で働くプログラムバージョン。

 僅かに残った数パーセントの脳細胞が働くニュートラルバージョン。


 プログラムバージョンは急速に成長している。感情表現も豊かになり、さまざまな人の声や表情などを完ぺきにコピー、あるいは合成して表現できる。時々、それが幸子が取り戻した本来の姿かと思うほど生き生きしていて、不覚にも兄として喜んでしまうことがあったりする。

 ニュートラルバージョンは……分からない。下手に絡んで、幸子の言うことやる事に心を動かすと神経にやすりを掛けられそうな得体の知れなさを感じて、傍にいながら一歩引いてしまう。情けない兄だが、情けないなりに寄り添ってやろうと思う。一歩引いたら、次には二歩近づいてやるつもりでな……。


 今のなし! どうしていいか分かんねーから、とりあえず、これで勘弁!



「お兄ちゃん、ど、どうしよう、放送局がやってきちゃった!」


 放課後、幸子がアタフタと、ケイオンの仮練習場にやってきた。むろん、この女の子らしいアタフタはプログラムバージョンである。



「あ、飛行機事故の取材かなんかじゃないのか?」



 真田山高校は、三日前、グノーシスAGRに操られた軽飛行機が突っこんで、視聴覚教室を中心に大被害を被った。

 視聴覚教室は、我がケイオンのメインスタジオだったので、今は狭い放送室を使っている。でも使えるのは、加藤先輩たちの選抜メンバーだけで、オレたちその他大勢は、普通教室で、アンプ無しのマッタリでやっている。


「ち、違うのよ!」


「一昨日の路上ライブが動画サイトでもすごくって、そんで、テレビ局が取材。サッチャンを!」

 早手回しにタンバリンを持った佳子ちゃんが補足した。

「で、でも、緊張しちゃって……それに、今日は演劇部の日だから、ギター持ってきてないし」

「それなら、簡単やんか……」


 優奈が走り回ってお膳立てをした。


 グラウンドの一角に、演劇部とヒマなケイオンのその他大勢で、特設ステージを組んだ。ギターは加藤先輩が自分のギブソンを貸してくれた。その間テレビのクルーは、飛行機が突っこんできた跡や、しゃしゃり出た校長先生の取材なんかをやっている。

「ええ……かくも迅速に復旧できましたのは、府教委はじめ保護者、卒業生のみなさんの……」

 その時、グラウンドからADさんのOKサイン。

「ありがとうございました。それでは、最近動画サイトなどで人気上昇中の、佐伯幸子さんの演奏をライブでお届け致します!」

 MCのセリナさんを先頭に、スタッフがグラウンドに突撃してきた。


 一曲唄ったところで、スタジオから注文がきた。


「あ、あ、そうですか……サッチャン(幸子さんが、もうサッチャンになっている。マスコミの変わり身、早!)スタジオに初代オモクロの桃畑律子さんのお兄さんが来られてるんですけど、その桃畑律子さんの『出撃、レイブン少女隊!』のリクエストが来ているんですけど。お願いできますか?」

 桃畑律子は、極東戦争が終息しかけたころ、危険も顧みずに『アジアツアー』の途中、乗っていた飛行機が撃墜され、それが対馬戦争の発端になった。

 幸子は二秒で律子の情報をインストールした。後ろ向きになると髪を律子のようにトップ気味のツインテールにし、イントロを奏で、振り返ったときは律子そのものだった。


 《出撃 レイブン少女隊!》 


 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために!


 放課後 校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ


 世界が見放した 平和と愛とを守るため わたし達レイブンリクルート!


 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力


 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!


 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため


 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊


 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!


 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上!



 在りし日の桃畑律子そのままだった。


 極東戦争後、悲劇の歌のジャンヌダルクと言われた彼女だが、新生オモクロやAKRに押され、しだいに懐メロ化してきたこの歌と共に、あまり顧みられなくなった。その陰には、アジア諸国を刺激したくないという政府の意向が働いていて、NHKなどでは取り上げられなくなり、たまに懐メロで出てくるときは、ソフトにアレンジされていた。


 それを、幸子は最もエキセントリックだったころの桃畑律子そのままに熱唱した。


 スタジオでは、律子の兄で空軍中佐の桃畑太郎が目を真っ赤にして聞いていた。歌い終わると、グラウンドも、スタジオも、日本全国と世界の一部の家庭の茶の間も感動の渦に巻き込まれた。この部分は、数時間後に動画サイトに投稿された。


「飛行機事故から不死鳥の如く立ち上がった真田山高校グラウンドからお届け致しました。いま話題の佐伯幸子、サッチャンでした!」

 幸子を取り巻き、真田山の生徒や先生達、MCのセリナさん達が、明るく手を振って中継は終わった。


「お疲れ様でした。これ、ナニワテレビからのささやかな差し入れ」

 セリナさんがヌクヌクの紙袋を渡した。

「わ、タイ焼きの団体さんだ!」

 優奈が叫び、それを合図にみんなの手が伸びてきた。


 そして、本編と共に改めて動画サイトに投稿され、一日でアクセスは五万件を超えた……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る