第15話『墜落』

妹が憎たらしいのには訳がある・15

『墜落』    



 幸子は、また路上ライブを始めるようになった。


 ただ、前回のように無意識な過剰適応でやっているわけではなく。しっかり自分の意思でやっている。

 また、演奏する曲目も「いきものがかり」にこだわることなく、そのときそのときの聴衆の好みにあわせているようで、流行のAKRやおもクロ、懐かしのニューミュージック、フォークや、どうかすると演歌まで歌っていることがある。

 そして、場所は地元の駅前では狭いので、あべのハルカスや、天王寺公園の前など、うまく使い分けている。パーッカッションを兼ねて佳子ちゃんが見張りに立ち、お巡りさんがやってくると場所替えをやる。

 過剰適応ではないので口出しはしない。幸子は、そうやって自分に刺激を与え、自分の中の何かを目覚めさせようとしているように思えるからだ。


「サッチャン、なかなええやんか」


 加藤先輩が動画の幸子を見ながら頬杖をついた。

 加藤先輩は、ご機嫌がいいと頬杖になる。演奏中だったりすると、肩から掛けたアコステの上で腕組みしたりする。そういうマニッシュなとこと乙女チックなとこが共存しているのが、この先輩の魅力でもある。

「みんなも、よう観とき。このノリと観客の掴み方は勉強になるで」

 加藤先輩は、パソコンの動画を大型のプロジェクターに映した。

 視聴覚教室にいるみんながプロジェクターに見入った。

「かっこええなあ……」

「ノリノリや……」

「やっぱり、お客さんがおると、ちゃうなあ」

「ハハ、祐介は、お客さんがいててもいっしょやで」

「そうや、祐介はただの自己陶酔や」

 視聴覚教室に笑いが満ちた。


 当の本人はケイオンの活動日ではないので演劇部の練習をしている。


――あいつら、なんでトスバレーなんかやってんだ――

 窓から見える中庭で演劇部の三人がトスバレー……と思ったら、エアートスバレーだった。ボール無しでバレーをやっている。

――あれか、無対象演技の練習というのは――

「どれどれ」

 優奈たち女の子が興味を持って見始めた。それに気づいて幸子が手を振る。仕草が可愛く、ケイオンの外野が「カワユイ~」なんぞと言い出した。あれがプログラムされた可愛さであることを知っているのは俺だけだ。

「これからエアー大縄跳びやるんです。よかったら、いっしょにやりませんか?」

「面白そうやん!」

 加藤先輩が、窓辺で頬杖つきながら応えた。


「ああ、また山元クンで絡んでしもた!」


 不思議なもので、縄はエアーなのに、みんな、この見えない縄に集中している。で、さっきから、演劇部の山元が何度も絡んで失敗になる。このエアー縄跳びは幸子のマジックではない。ちゃんとした芝居の基礎練習なのだ。ケイオンのみんなが加わったので、場所もグラウンドに移し、四十人ほどのエアー大縄跳びになった。チームも二つに分けて競争した。連続十五回で幸子たちのチームが勝ってグラウンド中が拍手になった。

「ああ、もう息続かへんわ……」

 加藤先輩たちが陽気にヘタってしまった。


 そんなボクたちを見ている視線に微妙な違和感を感じた。


 違和感の方角には三人の三年生女子がいた。他のみんなのようににこやかに、ぼく達をみていたが、ヘタったので、笑いながら、食堂の方に行った。

 その後ろ姿……正確にはお尻に目がいった。どうして、このごろ形の良いお尻に目がいってしまうんだろう。

「どこ見てんねん!」

 優奈に、頭をポコンとされた。

「よかったら、サッチャンのライブの動画見ない?」

 加藤先輩の気まぐれ……発案で、ケイオン、演劇部合同で幸子のライブ鑑賞会になった。

「ヤダー、恥ずかしいです」

 幸子は、新しくプログラムした可愛さで照れてみせた。ボクには優奈と六歳の優子ちゃんのそれを足して二で割ったリアクションであることが感じられた。知らないみんなはノドカに笑っている。空には、そのノドカさを際だたせるように、ゆったりと八尾飛行場に向かう軽飛行機の爆音がした。


 ……それは動画を再生しはじめて五分ほどして起こった。


 みんな逃げて!!


 幸子が叫んだ。飛行機の爆音が微かにしていたが、幸子が暗幕ごと窓を開けると、軽飛行機が上空で鮮やかな捻りこみをやって、この学校、いや、視聴覚教室を目がけて突っこんでくるのが分かった。



 こういうとき、人間というのは急には動けないものであることを実感した。

「みんな、窓から飛び降りて!」

 幸子が反対側の窓を全部開けて叫んだ。視聴覚教室は一階にあるが、窓の位置が少し高く、女の子などは躊躇してしまう。

「男子が先。で、下で女子を受け止めて!」

「よっしゃ!」

 男子たちが叫び、女子が飛び降りる。躊躇する女子は幸子が放りだす!


 爆音が、すぐそこまで迫ってきた!


「お兄ちゃんも早く」

 ニクソイ冷静さで言うと、幸子はボクを窓の外に放り出した。景色が一回転して中庭の植え込みに落ちた。目の端に窓辺に片脚をかけ、ぼっちの図書室窓から飛び出そうとする幸子が見えた。パンツ丸見え……そう思ったとき、視聴覚教室に飛行機が突っこんだ。


 爆発!


 炎と破片と共に幸子は吹き飛ばされた。幸子は中庭の楠に背中から激突、逆さの「へ」の字のようになって落ちていった。


 人間なら命はないだろう……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る