第30話 不思議な感情

とある朝、私はけたたましい音で目を覚ました。

時刻を見るとちょうど朝の6時で、普段ならもう少し寝てようかなとも思うような時間なのだが、たまにはいいかと起き上がってみた。


けたたましい音の正体はどうやらバイクの音だったようで、ここの住人が乗っているようだった。


「ふぁ……あ」


ゆっくりと背伸びをすると少しづつ体がいつもどおり動くようになっていく。

パジャマから私服に着替えると、冷蔵庫にあった昨日の夕飯の残りを食べた。


「おう、今日は早いみたいだな」


このアパートに住んでいる麻さんという女性がこちらに話しかけてくる。

いつもはタバコを吸ってベンチに腰を掛けているが、今日はじょうろで植木鉢に水をやっていた。


「これ、麻さんが育ててるんですか?」


「ああ、育ったら使うんだよ。欲しいかい?」


へぇ、植物なんて興味のなさそうな麻さんだがこうやって水やりをやったりするのかと思うと、少し意外だった。


「じゃあ、すこ……」


「怪しい人から物をもらうのは駄目だね!」


そう言って司ちゃんが出てきた。


「怪しい人ってどういうことだよ」


「全身黒い服で揃えてたらもうそれは怪しい人なんじゃないかなー?」


司ちゃんがわざとらしく言うと、麻さんが応戦する。


「そんなこと言うな。ちゃんと全部同じ黒じゃないように着てるんだからさ」


「まあ、怪しくないのなら警察の一人や二人呼んだって構わないよね」


「分かったよ!俺が怪しい人ってことでいいんだろ?」


一体この人は警察に怯える何をしたんだろうか……。

そんな風に考えていたが、あんなふうに堂々と人の部屋に入ってくる人が警察に目をつけられないわけがないのかもしれない。


「むにゃ、ところで朝から騒がしいけど何かあった?」


彼女は、寧さん。服装にはこだわらない人だが、寝間着姿で外に出るのは少し不思議である。


「あ、ふうおねーちゃん!」


そう私の名前を呼んでくるのがモスカちゃん。

誰の子供なのかは分からないが、明月ちゃんが召喚したらしいと噂には聞いた。


とりあえず、このアパートは一度人が集まるとどんどん人が集まっていくらしく、すでに朝から人が多い。

休日なはずなんだけれどな……。


「そういえば、そろそろえりちゃんとみかんちゃん、帰ってくる頃じゃないですかね?」


さらに話題を放り込んだのはふみちゃん。

いつの間にかどんどん人が増えていく上に人物名もどんどん増えていき、話はさらに加速していく。


「おみやげたのしみだね!」


モスカちゃんがそう言うと、寧さんが「そうだねー」と言ってモスカちゃんに微笑む。

でも、このアパートの全員分のお土産って選ぶの大変そうだよね、とか考えていたら向こうの方から大荷物を抱えた三人がやってくる。

……三人?


どうやら、皆が同じことを思っていたらしい。

中には困惑した顔をしたり無邪気に好奇心からか笑顔で手を振っている人もいた。


「すみません、勝手に帰省しちゃって。紹介します。彼女は頼武ちゃん。私の友人です」


そういったのはみかんちゃん。隣には、緑色の髪をした頼武さんがいる。


「モデルのオーディションに応募して受かってしまったので上京してきました」


あっさりとした語り口調だったが、内容はとんでもないことである。

いきなりのことだし、この人どうするのだろう、と思っていたら麻さんはためらいもなく言った。


「空き部屋あるし、このアパートに住むか?」


軽いな!とツッコみたいところだったが、もう色々不思議なことがありすぎて慣れてしまっている。


むしろ、こうでなければこのアパートは面白くない、と思ってしまう。


本当に不思議な感情だ。


でも、不思議と活気がついて悪くない、と思ってしまうのだった。

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不思議な住人たち なつみかん @natumikan72

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