討伐、そして沈没
魔力がほとばしり、魔法が炸裂する。そして荒野のキマイラたちが次々に撃ち抜かれて倒されていく。
「アァァァァ!!」
「ギァァァァァッ!!」
断末魔の悲鳴を上げながら、キマイラたちが崩れ落ちていった。その現況である魔法を、神術を放ったイルムヒルデも、アリーチェも、油断をする様子はない。
「アリーチェ様、左方はよろしいですか!?」
「大丈夫です!」
イルムヒルデの言葉にアリーチェが答えながら、その両手から改めて神術を放つ。一切の容赦がない。荒れ狂う神力と魔力に、僕の頭はくらくらとしていた。
「う……」
「うぅん……」
僕も、隣りにいて一緒に手を握っているアグネスカも。その強大で強力な魔法と神術の応酬に完全に圧倒されていた。ここまで本格的な魔法戦闘、僕もよくよく記憶にない。
頭をふらつかせる僕に、イルムヒルデが振り返りながら口を開く。
「ダヴィド様、アグネスカ様も、どうぞご無理なさらないようお願いいたします。ここから先は、文字通りの
彼女の言葉に、僕もアグネスカも頷くので精一杯だ。
ここから先は、これまでも、彼女の言う通り文字通り殺戮と
「エスメイに感づかれるようにしないとならない、そして皆さんを守らないとならない。なので、こうするのです。ご容赦ください」
イルムヒルデの言葉に、僕もアグネスカも揃って頷いた。
殺しには慣れていない。しかしこればかりは、慣れるとかそういう問題ではないのだ。
「いえ……」
「大丈夫、です……」
震えながら、声を震わせながら、僕たちが返す。と、先程まで風の刃を四方八方に投げ込んでいたイヴァノエが、僕の身体に身を寄せた。
『エリク……大丈夫だ』
「イヴァノエ……」
その身体の暖かさに、僕の心が少しだけ軽くなる。しかしそうこうする間にも、イヴァノエは魔法を自分の前方にどんどんと放っていた。容赦も隙きもない。
そうやって戦闘を続けるうちに、キマイラの数がどんどんと減ってきていた。ここまで目に見えて数を減らしているのなら、効果も必ずあることだろう。
「ええ、いい調子です。ここまで手を出しましたらエスメイも放ってはおきませんでしょう。あなた、状況は!?」
先程まであちこちに魔法を放っていたイルムヒルデが、僕の傍で状況の観測に徹していたディートマルに視線を向ける。はたしてディートマルが、真剣な表情をしてこくりと頷いた。
「間違いない、この禁域全体に揺らぎが見える。エスメイも手駒が殺されていることは分かっているだろう!」
その答えに、イルムヒルデが満足したように頷く。どうやら二人のやり取りを見るに、かなりの数のキマイラを殺せているらしい。
それを受けて、イルムヒルデが再び視線を巡らせた。
「ええ、いい調子ですわ。アリーチェ様、ギー様、このまま続けますわよ!」
「はい!」
「任せろ!」
視線を投げられたアリーチェとギーが、続けざまに神術を放ち、剣を以てキマイラを殺していく。
ここまで殺していけば、さしものエスメイも放置はしていないだろう。それはまったくもってその通りだ。誰だって分かることだ。
だけど、それでも。
「……」
「エリク?」
僕はとても心配だった。使徒として、というだけではない。僕個人の問題として、非常にこの現状が心配だった。
アグネスカが僕の顔を覗き込んでくる。それだけじゃない、イルムヒルデもこちらに視線を向けてくる。
「ダヴィド様、どうなさいました!」
「いや……なんだか……」
それに対して僕は、ぼんやりとした答えを返すので精一杯だった。
なんだろう、なんと言うか、非常に複雑で、曖昧な答えではあるけれども。
不安で仕方ない。僕になにかあるのではないか、と感じられて仕方ない。
「(なんだろう、この感触……すごく、変な感じだ……)」
この、何とも言えない嫌な、不安で、悶々とした感じ。僕の視線が自然と下に、地面に、荒れ果てた荒野の地面に向く。
「エリクさん!」
『エリク!』
アリーチェが、イヴァノエが、僕の名前を呼んだ。その声も、僕の耳にはぼんやりとしか入らない。通り過ぎていくようにしか感じない。
「エリク……!」
隣で、アグネスカが僕の手をぐっと強く握った。声も聞こえる。僕を心配する声も聞こえる。
しかし、僕の心は未だ虚ろだった。気もそぞろに、視線が下に向いたままでアグネスカの手を握りながら考える。
「(エスメイ……なんで、僕を……)」
そしてその名前を、僕が頭に浮かべたその瞬間だ。
僕の足元、足のすぐ下の地面が、沈み込むようにぐにゃりとたわんだ。
「え?」
「えっ!?」
思わず声を上げる。隣のアグネスカも同じように声を上げた。そして、僕の目には隣のアグネスカが驚きに目を見開いている姿が見える。
そうだろう、なにせ僕の身体は、
「えっ、ちょ、えっ!?」
「エリク!?」
困惑の声を上げながら地面にどんどん沈んでいく僕に、アグネスカも困惑の声を上げた。アリーチェも、イヴァノエも、振り返って僕の現状を見ては声を上げる。
「エリクさん!!」
『エリク!!』
「ダヴィド様!!」
「坊や!!」
いや、二人だけではない。イルムヒルデも、マドレーヌも。地面の下側に沈む僕を見て声を上げていた。僕を引き上げようと手を掴んでいた。
しかし、それでは抗いきれないほどの力で僕の身体は沈んでいく。
「う、わ、わ……!!」
耐えられない、堪えられない。
見る間に僕の銅が、肩が、首が虚空と化した地面へと飲み込まれていく。
「エリク――!!」
耳に、アグネスカの悲鳴が聞こえた。その瞬間、僕の手をずっと掴んでいた彼女の手がするりと抜ける。
「あ――」
その言葉を最後にしてだ。僕はこの現場から姿を消した。文字通り、消えた。
かすかにイルムヒルデの声が聞こえる。
「あなた!!」
「『呪圏』だ! 飲み込まれた!」
「エリクさん!」
『エリク!』
ディートマルの声も聞こえる。アリーチェとイヴァノエも僕に呼びかけているのが聞こえる。
しかし、その声は遠い。真っ暗闇の中、僕はどんどんと沈んでいく。
『くそっ……!』
「こんな……」
「どうして……」
聞こえる声が、どんどん遠ざかっていく。飲み込まれるようにして消えていく。
そして、僕が姿を消したその地上では。
「……探索を続けましょう。呪圏に飲まれたのなら、どこかで必ず、この世界に戻ってくる出口が造られるはずです」
イルムヒルデが苦悶の表情で、ぽつりと呟くように告げた。
他方、ヴァンド森の聖域。
そこでいつものように仕事をしていたルドウィグは、ふと異常に気がついた。
「ん?」
目に留まったのは果樹園に立つ一本の樹だ。一つの樹だけが、不自然にしおれて実を地面に落としている。
その様子を見ていたルドウィグが、おもむろに地面に落ちた実に手を付ける。随分と、実がしなびていた。
「これは……」
「ルドウィグ!」
実の様子を確認する彼に、後方から声がかかる。そちらに振り返ると、食器を手にしたリュシールが不安そうな表情で立っていた。手には、割れた食器を持っている。
「先程家事をしていたら、エリク様の茶器が突然割れて……」
「こちらもじゃ……エリク殿の木が、見ての通りよ」
リュシールに言葉を返しながら、ルドウィグも頭を振る。
エリクに縁のあるものが、壊れた、あるいは様子がおかしくなった。ただでさえ神域の中にあるものである、並大抵のことではこうならないだろう、とは、守護者の二人もよく分かっていた。
「何事もないと良いのですが……」
「案件が案件じゃからな……心配じゃが……」
ルドウィグとリュシールが、互いに顔を見合わせる。神域の空は、いつものように晴れ渡りながらも、かすかに不穏な空気を孕んでいた。
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