第57話~一時帰還~

~新宿・歌舞伎町~

~居酒屋「陽羽南ひばな」歌舞伎町店~



 僕達は改めて、ゴフィムの開いた、故郷・チェルパへと続くホールの前に立った。

 僕以外の五人とも、緊張の面持ちでそこを見ている。留守番役を仰せつかったサレオスも、自分は踏み込まないというのにごくりと唾を飲み込みながらホールを見ていた。

 それの隣に立ちながら、ゴフィムが三本の指を立てた手をこちらに向ける。


「今回、時間は三時間で設定しています。こちらの時間で深夜四時になったら、皆さんは自動的にこちらの世界に戻ってきます。

 チェルパは確か時間の流れが地球より二倍早かったはずですから、あちらの時間だと一時間半、行動できることになりますね」

「一時間半……あんまり悠長に行動は出来ないな」


 真剣な表情でシフェールが言葉を零した。

 一時間半の間に、世界の現状を確認する。話を聞くにしても直接見るにしても、なかなか慌ただしい。テキパキ行動しないとならないだろう。

 僕はぐっと手を握ると、後方に立つサレオスへと視線を向ける。


「それじゃあサレオスさん、すみませんがお留守番、お願いします」

「了解です! 皆さん、気を付けて行ってきてください!」


 ばっと手を挙げるサレオスも真剣な表情だ。

 それを確認して、ふっと表情を緩めた僕は両脇に立つエティ、パスティータ、アンバス、シフェールへとそれぞれ視線を合わせ、頷いた。

 改めて正面を見据え、目の前にある空間の捩れに向かって、足を踏み出す僕。

 自分の視界にぐにゃっと捩れた空間がいっぱいに広がった、次の瞬間には。

 僕は屋外に、両側に石造りの壁を持つ建物が並ぶ路地の真ん中に立っていた。



~???~



 僕の後に続いて、残りの四人も同じ場所に転移してくる。

 そしてその風景を見回すと、一様に目を見開いた。


「ここは……もしかして、そういうことか?」

「でも、こんな路地では判断が出来ないわ。表通りに行けばはっきりするはずよ」


 アンバスが空を見上げながら口を開くと、エティが小さく首を振りながら答える。

 確かに、こういう路地はどんな国にも、どんな街にもあるものだ。表通りに出て分かりやすい建物を見つけて、ようやく自分がどこにいるのかの判別がつけられる。

 僕達は路地を進み、折れ曲がった角を通って表の通りに出た。路地より何倍も広い通りには、街路樹が植えられ綺麗に整えられた石畳が敷かれている。

 僕が目を付けたのはその街路樹の方だ。傍に寄って幹の肌を撫でる。さらりとした感触、でこぼこの無い表面、淡い色。

 間違いない。


「……シベノキだ」

「シベノキって……王都の街路樹でよく使われている、あれか?」

「そうだ。これがこうして植えられているということは、間違いない」


 僕は街路樹の幹に手を当てたまま、静かに告げた。


「ここは、シュマル王国王都、エメディオだ」

「つまり……あたし達が今一番来たかった街に、来れたってわけ?」

「偶然なんだろうが、なんとも幸運な話だな……」


 パスティータが目を見開くとともに、シフェールが空を見上げつつ言葉を零す。

 僕自身非常に驚いている。シュマル王国の国内どこかに出られれば幸運だ、と思っていたのが、まさか一番情報を得られ、僕達自身もなじみの深い王都に繋げてもらえるとは。

 そして王都に出られたということは、僕達の所属する冒険者ギルドに行ける、ということでもある。

 こうしてはいられない。


「急いで冒険者ギルドに移動しましょう」

「ああ、早くギルドマスターと会わなくては」


 僕達はすぐさまに歩き出した。目的地の国立冒険者ギルドへの道のりは問題なく分かる。迷いもなく街路を進んでいった。



~シュマル王国・王都エメディオ~

~国立冒険者ギルド~



 ギルドの木製扉を、おそるおそる押し開くと。

 顔なじみのエルフの受付嬢が僕達の顔を見るなり、「きゃあっ!?」と悲鳴を上げた。驚くのは仕方ないけれど、ちょっと傷つく。

 その反応に少しだけ傷つきながら、僕達はカウンターへと歩みを進める。周囲の冒険者たちのざわつく声を耳にしながら、カウンターの天板に手をついた。

 受付嬢のフローラが、目を見開いて口をパクパクさせている。


「フローラさん、お久しぶり」

「え、あ、はい、お久しぶりです! おかえりなさいませ!

 びっくりした……『三匹の仔犬トライピルツ』も『射貫く炎スバランド』も、もう戻ってくることは無いとばかり」

「僕達も戻って来れるとは思わなかったけれどね……マスターに取り次いでもらえるかい」


 僕の言葉にこくこく頷くと、フローラはカウンターの奥へと全速力で駆けて行った。程なくしたら戻ってくるだろう。

 小さく苦笑を零しながらふと後ろを振り返ると、いつの間にやら僕達の周囲を多数の冒険者が取り囲んでいた。

 A+ランクからD-ランクまで、あらゆる立場の冒険者がそこにいた。僕達の地球の服装に目を丸くしながらも、まるで黄金を目の前にしたかのような瞳でそこに立ち、あちらからこちらから口々に色々と言葉を投げてくる。


「英雄たちのご帰還だ!」

「お帰りなさいマウロさん!」

「待ちわびたぜ、シェフもシスターも!」


 浴びせかけられる言葉のシャワーに僕が目を丸くしていると、彼らの輪の後方からカツン、と硬質な靴音が響いた。

 その場の冒険者たちが一斉に後ろを振り返ると、そこには漆黒の鱗を持った全身傷だらけの大柄な竜人ドラゴンレイスが立っている。尻尾でビシビシと床を叩いていら立っている様子だ。

 その姿を目にした冒険者たちは、全員ピタッと押し黙って彼の前に道を開けた。

 そうした反応も当然だろう、なにせこの王国で最強と謳われる、Sランク冒険者の一角、『黒刃のアキレス』の異名を取るアキレス・ジャラが不満げにしているのだから。

 アキレスはずんずんと開けた道をこちらに向かって歩いて来ると、アンバスの前で足を止めた。バシッと音が鳴る程に強く肩を叩く。


「いてっ」

「腑抜けてんなぁアンバス、ちょっと肥えたんじゃねぇのか」

「仕方ねぇだろ、仕事の関係だ」


 そう気安く話しながら笑い合うと、アキレスは僕を見下ろすように視線を動かした。

 僕を一目見るや、フンと鼻を鳴らしつつ眉間に皺を寄せる。


「マウロ、お前もお前だ。『岩壁のマウロ』ともあろう者がなんて覇気のない目をしていやがる」

「……否定はしないさ、長いこと戦場には出ていないから」


 小さく肩を竦めながら答える僕に、驚愕に目を見開くアキレスだ。

 無理もない話ではある。依頼をこなす以外の時間はほぼずっとギルドの食堂で腕を振るっていた僕だ。

 王国の冒険者ギルドの構成人数は、僕が在籍していた頃は非常に多かったため、食堂の厨房はいつも非常に忙しい。こちらもこちらで、ある意味戦場だった。


「戦場に出ていない、だと? お前ほどの凄腕の魔法使いがか?」

「今暮らしているのが、争いも戦いもない平和な世界だからな……それよりアキレス、一つ聞きたいんだが」

「おう、どうした」


 あまり思い出話に浸っている場合でもない、と言いたげな僕の視線を受けて応えるアキレスの視線を誘導するように、僕は受付カウンターの上の壁を指さした。

 そこには所属する冒険者の名前を記した木製の札が、無数にかけられている。名刺より小さいくらいの札は表裏に名前が書かれ、表向きになっていたり、裏返っていたりしていた。

 この札の表裏によって、その冒険者が現在仕事に出かけているか、仕事を割り振られずに待機している状態かが分かるのだ。

 おおよそ250枚くらいがかかっているそこを見上げて、僕は重々しく口を開く。


「なんで、こんなに・・・・冒険者の数が少ない・・・・・・・・・んだ?」


 僕の問いかけに、アキレスの表情が一気に苦々しいものになった。それを耳にした周辺の冒険者たちも、途端に悲しそうな表情になる。

 僕達が地球に転移するより前、ヴァリッサ洞窟に向かう直前の頃には、もう100枚ほど、木の札の枚数があったはずなのだ。そしてよくよく見てみれば、僕の名前が書かれた札も、他の四人の名前が書かれた札も、ここにはかかっていない。

 一緒になって見上げていたエティとパスティータも、自分の名前が無いことに目を見開く。


「……そうだわ。王都の冒険者ギルドと言ったら、昔は食堂の椅子が足りなくなるくらいの人数がいたのに」

「今は、そこまでの木札がかかっていないね……あたし達の札も無いよ」

「『飛跳のカルロッタ』の名前も無い……まさかとは思うがアキレス、彼女もマウロと同じように?」


 シフェールが言葉を零しながらアキレスを見る。

 『飛跳』の異名を取るカルロッタ・ガーギッジもSランク冒険者で、シュマル王国最強のパーティーと言われる「八枚の翼オクタアイレ」のリーダーだ。

 他国に出かけて仕事をすることも多いため、不在にしていることが多い冒険者ではあるが、札がかかっていないということは考えにくい。

 信じられないという視線をアキレスに向けると、彼は深くため息をついてゆるゆると首を振った。


「……お前らの想像通りだよ。お前らと同じように、冒険の最中に行方不明になる連中が、このところ爆発的に増えていやがる。

 カルロッタの『八枚の翼オクタアイレ』も先月、ディエチに向かう途中で消息が途絶えた。ギルドマスターが血眼になって探しているが、本当に砂漠のど真ん中の何もないところで忽然と痕跡が消えている。

 何処に行っちまったんだか……そもそもお前らも、いったい何処に行っていたんだ?」

「アキレス……信じられないとは思うだろうが、僕達はさっきまで、こことは別の世界にいたんだ」


 目尻を下げて、おずおずと告げる僕の言葉に、アキレスは小さく息を呑む。

 このチェルパという世界は昔からなんだかんだで異世界への転移や、異世界からの転移が発生していたため、そういう現象が起こることそのものは知られているが、こうして転移に巻き込まれ、何らかの形で元の世界に戻ってきた、というケースはほぼ無い。

 チェルパにある国の中では、西にある神聖クラリス帝国がその手の研究で進んでいて、専門の部署を国に設けたり、他の国に講習に出たりしている。シュマル王国にも帝国から人を招き、研究のため部門を作っていたはずだ。

 難しい表情をしたアキレスが、その丸太のような太い腕を組む。


「別の世界に……マジか、最近帝国からどんどん情報が出てきているが、事実だったってことか」

「ああ。そこで職を見つけて、今は居酒屋で働いている。ちょっとした縁があって、戻ってこれたんだ」

「それじゃあ……」

「おーい!!」


 僕の言葉に彼の表情がほんのり明るくなろうかというところで、こちらに駆けてくる足音と共に声がかかった。

 満面の笑みを浮かべてこちらに近寄ってくるのは、中年くらいの年頃の獅子の獣人ビーストレイスの男性だ。その身なりは非常に整っており、冒険者という出で立ちではない。

 その人物の姿を認めたパスティータが、ぱっと表情を明るくした。


「あっ……ギルドマスター!」


 そう、この人物こそシュマル王国国立冒険者ギルドのマスターを務める、ランドルフ・シャプティエだ。故郷を飛び出して王都にやって来た僕の面倒をずっと見てくれていた、いわば親代わりである。

 かつては強大な戦士として名を馳せ、その肉体は未だに屈強なランドルフが、大きな手で僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「よく……よく戻ってきてくれた、お前たち。さあ、ゆっくり話を聞かせてくれ」

「いえ、マスター、申し訳ないのですが僕達には時間があまりありません。

 お話は積もる程ありますが、必要な情報共有をさせていただければと思います。よろしいですか?」

「ふーん? 何やら訳ありのようだな。いいだろう、ちょうどあの方々・・・・もお越しだ。執務室に来い」


 真剣な表情でそう告げる僕に片眉を上げて応えたランドルフが、ひらりと手を動かした。それに伴ってその場にいる冒険者全員が動き、さっと道が作られる。

 そうして出来た道をランドルフに肩を置かれながら進み、ギルドの建物の奥の方へと踏み込む僕達。二階にあるランドルフの執務室に着くと、彼はコンコンと扉をノックした。

 その動作に僕は目を見張る。ここはランドルフの執務室。ノックする必要など本来はない。中にいる人物とは、いったい何者なのか。

 僕達の脳裏に疑問が浮かぶも、それはすぐに氷解した。ランドルフが中の人物に呼びかけたからだ。


「失礼します、陛下・・。例の者をお連れいたしました」

「「へ……っっ!?」」


 ランドルフの呼んだ相手に、僕達五人の背筋が竦み上がった。

 陛下。ということはどう考えてもあの人・・・しかいない。

 短く「入れ」と返ってくるのを確認して、ランドルフの大きな手がドアノブをひねった。そのままドアが手前へと引かれる。

 豪華な調度品が置かれながらも装飾は簡素なギルドマスターの執務室。その室内、置かれたソファの一つに腰掛けていた、人間ヒューマンの老人がこちらを見て微笑みかけてくる。

 その顔を見て、僕は改めて目を見開くほかなかった。背後に立つエティとパスティータが引きつるような音を喉から漏らす。


「久しいな、岩壁の。それにその仲間たちよ。此度の帰還、真に大儀である」


 そこにおわすのは、シュマル王国の頂点に立つ存在。

 王国史に残る名君と名高い伯父を持ち、自身もまた民を想う名君として讃えられる、シュマル王国第67代国王、ナタニエル三世。

 その国王自身が、供の人物を伴ってこそいるものの、執務室の中で僕達を待っていたのだった。




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