あの時“好き”だと言ってくれたトーマスの面影

    オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一五年八月二五日 午前三時五〇分

 まさか香澄自身もマーガレットにここまで言い負かされるとは思っていなかったようで、彼女が語る正論に思わず言葉を失ってしまう。表向きはマーガレットを拒絶する香澄だが、心の内では彼女の言っていることは正しい――それを証明するような仕草にも見える。

「それに香澄がこんなことをしているって知ったら――あの時“好き”だって言ってくれたトムはどんな顔をすると思う? トムはその小さな命が尽きる最後の力を振り絞って、“僕の分まで幸せになってね”という願いをんでしょう!? それを香澄はこんな形でトムの気持ちを踏みにじるなんて……これではわ!」


 マーガレットの心を込めた説得に、次第に取り乱し始める香澄。頭では理解していても、体では納得出来ないようだ。マーガレットが必死に身振り手振りで説得するたびに、苛立ちのためか香澄は両手で顔を隠しながらも、その眉間にシワを寄せている。

「やめて、メグ! それ以上は言わないで……もう止めて!」

「いいえ、何度だって言ってあげるわ――あなたはエリーのようにトムがもういないことを一向に認めようとはせずに、一人のよ。それを香澄は人のせいにするばかりか……それをすべて私たちのせいにしようとしている。そして天使のように無邪気で可愛かったトムを……悪魔のようなのよ!」


 感極まったのか、マーガレットの瞳からは大粒の涙が何度もこぼれ落ちている。香澄に現実を受け止めるよう必死に伝えながらも、マーガレットの心もまた涙を流していた。まさにマーガレットの全身全霊をかけた説得でもあり、その言葉の雨は空き地のようにぽっかり空いてしまった香澄の心へ静かに降り注ぐのだった……

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