香澄vsフローラ 心理戦の行方

見つめ合う冷たい視線

                終章


    オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一五年八月二五日 午前一時一五分

 ジェニファーとケビン、そしてエリノアの努力もむなしく、誰も香澄の心を救うことは出来なかった。そして時折動揺を見せる香澄だったものの、その心のさらしをほどくまでには至らなかったようだ。

 しかしエリノアたちはまだ完全に希望を失ったわけではなく、フローラという最後の光が残されている。一人の臨床心理士として、いや……娘を愛する一人の母親として、フローラは香澄の心を救うことを決心した。香澄の運命はすべて、フローラの判断に委ねられていると言っても過言ではないだろう。


 これでようやく香澄も救われる――その場にいたエリノアとジェニファー、そしてケビンはそう確信していたようだが、フローラの様子が少しおかしい。エリノアたちのように時間をかけて説得するかに思えたが、なぜかフローラは香澄に話しかけようとはしない。

 それどころか、フローラもまた冷たい視線を香澄を見つめている。普段は穏やかな微笑みを浮かべているフローラだけに、香澄だけでなくその場にいたエリノアたちも言葉を発することが出来ない。


 張り詰めた空気が沈黙を支配する時間はその後もトーマスの部屋を包み込んでいき、時刻は午前一時一五分を指していた。フローラの後ろでその様子をうかがっていた一同は、

『ふ、フローラ……一体何をしているの!? 早くしないと香澄が……』

と怒りと彼女をせかすようなメッセージを送っているに違いない。本来ならフローラにそのことを直接伝えるべきなのだが、独特の緊張感がただようこの部屋ではそれを言葉に発することは誰にも出来なかった。

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