エリノアと香澄の距離
ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年八月二四日 午後一時三五分
エリノアの休学届にカウンセラーとしてサインを終えたフローラは、例の資料が保管している机の鍵を外す。A4サイズのレポート用紙が数十枚ほどの厚みで重ねられていることから、その資料の量はかなり膨大だと思われる。
『……よし、抜けているページもないわね。さて、これをケビンとエリーの元へ持っていかないと』
資料のページ数を確認した後、机の鍵を閉めたフローラはそのままケビンとエリノアが待つソファーへと向かう。資料の中身が気になったエリノアがふとフローラの顔を見ると、なぜか彼女の表情はどこか重苦しい雰囲気を感じさせる。それは自分の前のソファーに座るケビンも同じで、フローラが手にしている資料の重要さを改めて知るエリノアだった。
「ごめんなさい、二人とも。……エリー、少し早いけどあなたにはどうしてもこれを読んで欲しくて。ゆっくりでいいから、しっかりと目を通してくれる?」
「……わ、分かりました」
資料の表紙には『極秘資料』と書かれていることから、自分にとってよほど重要な内容が書かれているのだと直感するエリノア。当初は休学届の書類だと思っていたが、気持ちを切り替えて真剣に資料に目を通す。
「! これは!?」
エリノアが自分の目を疑うほどの内容が書かれた資料――それは今から数年前に、香澄の教育実習の一環として残したトーマスの心身の状態を記録したカルテ、通称『香澄のカウンセリングレポート』だった。
当時まだ大学生だった香澄が心に深い傷を負ったトーマスへ行った対処の数々が、すべてこの資料に記録されている。そこにはトーマスの記録はもちろんのこと、香澄自身における赤裸々な気持ちも数多く
さらに日時についても正確に書き残していたことから、香澄の几帳面で真面目な性格がこの資料からも確認することが出来る。同時にこの資料の中身を知っている者は、香澄を除けばケビンとフローラのみ。香澄の親友のマーガレットとジェニファーについては、彼女がトーマスのカルテを作成している事実は知っているが、その内容については一切知らされていない。
そんな重要な情報が書かれている資料をエリノアに見せたということは、“エリーにも香澄の苦悩をしっかりと受け止めて欲しい”というケビンとフローラによる心配りなのかもしれない……
まさか香澄がトーマスのカルテを残していたとは夢にも思っていなかったエリノアは、資料のページを巡るたびに息を詰まらせてしまう。特に香澄の苦悩が書かれているページを目にするたびに、エリノアは香澄に対して心から謝罪したいという気持ちで一杯になる。香澄が残した資料に目を通すたびに、エリノアの瞳からは大粒の涙がはかなく落ちる。
そして資料をすべて読み終えたエリノアは後悔のあまり、声を押し殺しながらも両手で顔を隠し泣き続けるのだった……
※ 物語の参考資料として、『命の天秤』(心理学ドラマ第一章)で公開した「香澄のカウンセリングレポート」へのリンク先を下記へ残しておきます。エリノアが読んでいる資料をそのまま抜粋したものですので、ご覧になれば物語の世界観をより深く知ることが出来るかと思います。
各レポートを読んだ後に戻るボタンを選択していただければ、スムーズに読めるかと思います。(必須ではございませんので、興味がない場合は飛ばしても大丈夫です)
『香澄のカウンセリングレポート(一)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884340951/episodes/1177354054886103699
『香澄のカウンセリングレポート(二)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884340951/episodes/1177354054886103907
『香澄のカウンセリングレポート(三)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884340951/episodes/1177354054886104460
『香澄のカウンセリングレポート(四)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884340951/episodes/1177354054886107648
『香澄のカウンセリングレポート(五)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884340951/episodes/1177354054886107800
『香澄のカウンセリングレポート(六)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884340951/episodes/1177354054888409599
『香澄のカウンセリングレポート(完)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884340951/episodes/1177354054885001226
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