【エリノア編】(前編)

心身の休息

                一一章


              【エリノア編】

ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年八月二四日 午後一時〇〇分

 ジェニファーがシアトルにあるハリソン夫妻の自宅へ帰宅している間、フローラは自分の教員室である人物と何やら重い話をしている。何を隠そうその人物とは、一ヶ月ほど前に香澄たちと口論や喧嘩をしてしまった本人だった。

 精神的ストレスやイライラが続いたためか、軽度の拒食症を発症してしまったエリノア。その原因はおのずと分かっていたが、放置すれば症状がさらに悪化する恐れもある。

『このままでは私の人生だけでなく、大学生活もすべておかしくなってしまう。……そうだわ、前にフローラが“精神的なことで悩み事があったら、いつでも私に相談して”って言っていたわね』


 エリノアは自分のいじめ問題を解決した際にフローラから言われたことを、ふと思い出す。まったく恨みがないというわけではないにしろ、フローラに対する気持ちは香澄と比較するとそれほど大きくはない。多少不本意だと苛立ちながらも、エリノアはワシントン大学内でカウンセラーの職にも就いているフローラへ、今回の一件について相談することにした。

 なおフローラの教員室にいるのはフローラとエリノアだけでなく、なぜかケビンも同席している。本来ならケビンがこの場にいる理由はなにもないのだが、彼の同席を求めたのは以外にもフローラではなくエリノア。……そのことからエリノアはフローラだけでなく、ケビンに対しても何か尋ねたいことがあるのだろう。

 元々ケビンとは何の面識もないエリノアが彼の同席を求めた理由――それはおそらく、およびのことについて尋ねたいことでもあるのかもしれない。


 そんな重苦しい空気のなかで、今の自分の率直な気持ちをフローラたちへ伝えるエリノア――拒食症による影響によって多少顔色が悪いものの、自分の状況を的確に伝えている。

「――というわけです、フローラ。しばらくの間休学したいので、お手数ですがこの書類に記入していただけますか?」

 そう言いながらエリノアが水色のクリアファイルから取り出したのは、ワシントン大学の事務局へ提出するための休学届。エリノアはで休学届を提出する予定なので、大学側が書類を受理するためには、カウンセラーでもあるフローラのサインが必須。

 しかも新学期からエリノアが在籍する心理学科のゼミ講師を、今年からフローラが担当することになっている。不幸中の幸いか今のエリノアの立場からすると、フローラはゼミ講師兼カウンセラーにあたる。

「……わ、分かったわ。今のあなたの心境を考えると、そう思うのも当然よね」


 軽くため息を吐きながらも、エリノアから渡された書類に目を通すフローラ。そして必要事項を記入するため、ペンのキャップを外す。だがフローラの方でも確認した内容があるようで、エリノアがなぜ休学したいのか改めて理由を尋ねる。

「サインはするけど、その前に一つだけ教えて――エリー、あなたがこの休学届を……いえ、あなたがこの大学を離れたいと思うは何なの?」

「えっ? ……先ほども言いましたけど、を治すためですよ」

 鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をするエリノアは休学理由を再度説明するが、フローラは彼女に疑惑の目を向けている。これまでの臨床心理士としての直感によるものなのか、エリノアの答えにフローラはどこか疑問を抱いているようだ。

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