ジェニファーの不安

  ワシントン州 スペースニードル 二〇一五年八月一〇日 午後八時二〇分

 下の階にあるギフトショップから香澄たちが待つ展望フロアへ、約束通りの時間に戻るため歩き続けるジェニファー。しかしその手には買い物袋が握られておらず、ジェニファーの顔色もどことなく悪い。

『やっぱりあの女性は……だったのかしら? それとも私の見間違いだったのかな?』


 今のジェニファーの脳裏にはエリノアの姿が浮かんでいるためか、これまでの和やかな気持ちを一気に吹き飛んでしまう。しっかりとエリノアの姿を確認したわけではないが、ジェニファーの心の動揺を誘うには十分すぎるほどの出来事だった。


 そんな思惑を巡らせながらも、ジェニファーはあっという間に香澄たちが待つ展望フロアへ到着した。しっかりと時間通りに戻ってきたジェニファーを見つけたケビンは、

「……おっ、ジェニー。ちゃんと時間通りに戻ってきてくれたんだね」

といつものように声をかける。ケビンの隣にはフローラが立っており、彼女も戻ってきたジェニファーへ同じように声をかけた。

「えぇ、まぁ……」

 それから間もなく少し離れた場所にいた香澄とマーガレットの二人も、ジェニファーたちと合流する。どうやら彼女たちは二人で、外の景色を眺めていたようだ。


 みんなで世間話をしている中で、ギフトショップへ行ったジェニファーに

「ねぇ、ジェン。ギフトショップへ行った割には元気がないようだけど……一体どうしたの?」

とさりげなく尋ねるマーガレット。だが今この場でエリノアの話題を出すと和やかな空気が乱れると思ったジェニファーは、

「そ、それがその……本当は他にも欲しい物があったんですけど、手持ちのお金が足りなくて」

「もしかしてジェンって、お財布にクレジットカード入れていないの? クレジットカード持っていないと、お買い物とか不便じゃない?」

「……あっ、そういえばカードを使えばよかったんですね。すっかり忘れていました」

「もぅ、ジェン。しっかりしてよ!」

とマーガレットからの質問を上手くはぐらかす。だがジェニファーの頭の中には、依然としてエリノアに似た若い女性のことが離れないようだ。


 なおアメリカでは日本に比べてクレジットカードを使用する機会が多く、少額のお買い物でもカード払いで済ませることも少なくない。いわば生活必需品のようなものでもあり、香澄たちは皆クレジットカードを一枚以上所有している。


 それからすぐにいつもの世間話を始める一同だが、時折ジェニファーは香澄の顔をチラチラと見ている。そんなジェニファーの視線に気が付いたのか、

「どうしたの、ジェニー? 私の顔に何か付いている?」

と優しく声をかける香澄。だが率直に疑問を問いかけることが出来なかったのか、

「ううん、何でもないよ。久々にみんなで行った外出だから、香澄も楽しんでくれたかな――って思ったの」

香澄へ今日の外出の感想を尋ねるジェニファー。

「もぅ、あなたもみんなと同じ質問するのね。スペースニードルの夜景や絶景も堪能出来たし、今日はとても楽しかったわ――ありがとう、ジェニー。心配してくれて」


 今までの香澄はどこか影を落とすような表情をしていただけに、多少のぎこちなさを見せながらも、久々に彼女の笑顔を見たジェニファー。そんな香澄の返事に対し、ジェニファーもまた同じ笑顔で返すのだった。

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