【トーマス編】(エリノアとの回想録 2)
オベリスクと噴水が待つ場所へ
六章
【トーマス編(エリノアとの出会い)】
フランス パリ コンコルド広場 二〇一一年七月二九日 午後三時一五分
ふとしたことでサンフィールド一家と出会い、なりゆきで彼らのガイドをすることになったエリノア。だが当の本人も嫌々ではなく、自ら率先してガイドとなった。
そんな彼女がサンフィールド一家の不慣れなフランス旅行のサポートをするため、最初の目的地『コンコルド広場』へ到着する。なお目的地へは、リヨン駅からコンコルド駅を走る電車を利用した。
「さぁ、みなさん。ここがパリの観光名所の一つ、コンコルド広場です。綺麗な噴水がポイントの観光スポットで、観光客だけでなくパリ市民にも人気がある名所ですよ」
ガイドブックを広げながら、エリノアの話を聞いているリースとソフィー。
「ここがコンコルド広場――うん、ガイドブックに載っているオベリスクの実物もあそこにあるね」
「このオベリスクは別名『クレオパトラの針』って、呼ばれているみたいね。そしてオベリスクの少し先に見えるのが――噴水かしら?」
リースとソフィーが次に見つけた場所として、もう一つのコンコルド広場の名物の噴水があった。実は二人がフランスで見たかった名所として、このコンコルド広場の噴水がある。実物を目の当たりにした二人は、まるで子どものように興奮している。
「見てよ、ソフィー。綺麗な銅像が八体も並んでいるよ。さっき見たオベリスクも素敵だったけど――こっちも捨てがたいな」
「あなた、少しはしゃぎすぎよ! ……あっ、ごめんなさい。エリー、コンコルド広場の簡単な歴史について、教えてくれるかしら?」
フランス市民の一員として、“その言葉、待ってました”と言わんばかりに説明に気合が入るエリノア。
「それでは簡単に説明しますね。コンコルド広場は一八世紀の半ば、つまり一七五三年に造られました。当時は花火が打ち上げられたり、マリー・アントワネットの結婚式に使用されるなど、華やかな場所でした。……ですが一七八九年にフランス革命が起こり、マリー・アントワネットやルイ一六世などの人たちが処刑される、という歴史もあります」
「…………」
フランス有数の観光名所に秘められた悲しい歴史を知り、思わず言葉を失うリースとソフィー。フランスの歴史を象徴する場所でもあり、今後も多くの人に語り継がれるだろう。
しかし子どものトーマスにとって、エリノアの語る歴史説明は退屈なようだ。季節も七月の夏ということもあり、軽く汗をかいてしまう。
『パリの街って、僕が住んでいるポートランドと同じくらいの気温なんだね。思っていたよりも過ごしやすいな……』
トーマスたちが住んでいるポートランドとパリの特徴として、夏の気温が大体二五℃から三〇℃近くになる。だが香澄の故郷日本では夏の気温が三〇℃以上になることも珍しくないため、そう考えるとポートランドやパリは夏でも快適に過ごすことが出来る。
パリの過ごしやすさについて考えながらトーマスが辺りを見渡すと、そこにはちょうど噴水があった。
『……あっ、あんな所にお水がある。ちょっと手を洗おうっと!』
無我夢中で噴水へと向かい、そそくさと両手を綺麗にするトーマス。……ちょうど良い水温で、手がひんやりと気持ちいい。
つかの間の優越感を堪能していたトーマスだが、一時はエリノアの話に夢中になっていたソフィーに発見されてしまう。
「……こら、勝手にママの側から離れては駄目じゃない。……ってトム!? 噴水で手を洗ってはだめよ! もぅ、しょうがないわね」
すぐにトーマスの濡れた手をハンカチで拭きながら、注意するソフィー。“ごめんなさい、ママ”と謝るものの、どこか納得出来ない様子のトーマス。
大人の予想もつかない行動に出たトーマスへ、ソフィーと同じように注意するエリノア。そしてリースは少し頬を赤く染めながらも、
「ご、ごめんね。ちょっと目を離すと、すぐにトムはどこかへ行ってしまうんだよ。しかもあんな場面を見られるなんて――親として恥ずかしいな」
額に軽く冷や汗をかいている。だがエリノアはまったく気にしていないようで、
「リース、気にしないでください。トムくらいの男の子でしたら、少し好奇心旺盛なくらいがちょうど良いと思いますよ」
少し落ち込んでいるリースを励ます。そんな彼女の言葉を聞いたリースは笑みを浮かべ、
「ありがとう、エリー。そう言ってくれると、僕も助かるよ」
急いで愛息子のトーマスの元へ駆け寄るのだった。
お互いに信頼し合っている微笑ましい光景を見たエリノアは、コンコルド広場の噴水に流れる水のように、体の疲れがサラサラと消えていく。
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