パリのガイドになるエリノア
フランス パリ リヨン駅 二〇一一年七月二九日 午後二時一〇分
裕福な格好をしている男性に続いて一人の女性と少年が、どこか警戒しながら辺りを警戒しながらやってきた。年齢は男性と同じくらいの中年女性で、男性と同じ色の指輪を左手薬指にはめている。そして女性の手をそっと握りながらエリノアを見ているのは、小学生の低学年から中学年くらいの男の子が一人。
しかし三人とも言葉遣いや仕草などに品があり、着ている衣類も高級品ばかり。そのことからエリノアは、“この親子、きっとすごいお金持ちなのね”と内心思う。
「あ、あの――私を呼び止めた理由はなんでしょうか?」
「……あぁ、そうだったね。ゴメンゴメン。すっかり忘れていたよ!」
“この
舞い上がる気持ちを抑えつつも、エリノアに話しかけた男性は気持ちを切り替える。
「僕らはアメリカからの家族旅行で来ていまして。事前にガイドブックを用意したのはいいんだけど、パリの街は想像以上に広くてちょっと困っています」
エリノアの察しの通り、彼らはやはり外国から来た旅行者のようだ。さりげなく“どこを観光する予定なんですか?”と尋ねる。すると品の良さそうな女性が
「えぇ、私たちは一泊二日のフランス旅行でパリに来ました。午前中にホテルへ荷物を預けて、そのままリヨン駅まで来たんですけど……」
と言いながら、自分たちの観光スケジュールをエリノアへ伝える。
『フランス旅行の予定について』
一 初日(午後から夕方)までの観光ルートについて。(一) エッフェル塔→セーヌ川もしくは(二) コンコルド広場→凱旋門、のいずれかを見て回る。初めてのフランス旅行ということもあり、初日にすべてを観光する予定はない。
二 今回は一泊二日の旅行で翌日のお昼前後にはリヨン駅を出発する予定なので、明日はパリ観光をする予定はない。
「――という感じなの。先ほど主人があなたを呼び止めたのも、エッフェル塔もしくはコンコルド広場までの道を教えて欲しかったからです」
「はい。その二つでしたら、ここから近いですよ。詳しい道順についてですが……」
リヨン駅からの道順を丁寧に説明するエリノア。だが彼らにとって初めてのフランス旅行とためか、時折ガイドブックとにらめっこをしている。
「わ、分かりました。ありがとうございます、お嬢さん……」
しっかりとエリノアにお礼を言うものの、彼らの表情は険しかった。“この人たち、本当に大丈夫かしら?”とどこか不安に思うエリノア。あの様子だと目的地へ行けるどころか、パリをグルグル回るだけで一日が終わってしまう気がする。
『小さなお子さんを連れた家族旅行みたいだけど、何だか不安だわ。私もちょうど数日後まで予定はないし――どうしようかな?』
アメリカからフランスへ家族旅行に来ていると言う彼らとは、何の面識もないエリノア。だが分かりやすく説明したつもりのエリノアだが、彼らは眉間にしわを寄せている。その様子から、このまま無事に目的地までたどり着けるか不安だ。
『一泊二日の短い間だけど、せっかくアメリカから来たのだからやっぱり楽しんでほしい。それにこの人たち……何だか放っておけないもの』
彼らの不安そうな表情や仕草に心打たれたのか、エリノアは率先してガイド役を名乗り出る。
「あ、あの……もしご迷惑でなければ、私がパリの街を案内しましょうか? みなさんパリの地理を把握されていないようなので、少し不安になりまして……」
出会って間もない家族に対して、“ひょっとして余計なお世話だったかも?”と不安に思うエリノア。だがそんな不安をよそに、
「……えっ!? それって今日から明日のお昼前後まで私たちと一緒にいるということになるけど……お嬢さんのご予定は大丈夫なの?」
エリノアの言葉を聞いた女性の顔に思わず笑みがこぼれる。……表向きは大丈夫と言っていたものの、やはり詳しい道順は分かっていなかったようだ。
「はい。私も今ちょうど夏休み中なので、数日ほどであれば大丈夫ですよ」
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