大人への階段
ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一五年七月二四日 午後七時一五分
香澄・マーガレット・ジェニファー・エリノアという四人の若い女性が食卓に加わり、リビングは一層賑やかになる。そんな彼女たちの笑顔を見守りながらも、自分も団欒へと加わるフローラ。香澄やジェニファーらと同様に、ここ最近何かと忙しかったフローラにとっても久々の休息となる。
そんな睦まじい光景の中で、無邪気に笑うマーガレットの顔を不思議そうな顔でじっと見つめているエリノア。彼女の視線に気が付いたマーガレットは、その理由を尋ねてみる。
「ペグって以外と食べ物の好みが渋いですね」
エリノアからの率直な疑問に対し、マーガレットは
「そうかしら? だってグラタンとフランスパンのコンビって、最高じゃない!?」
と自信ありげに答える。
『まぁ……それはそうだけど。でも今までフランスパンが好きって言う女の子いなかったから、やっぱり少し不思議かな』
とりあえずその場は納得したものの、心の中でどこか納得出来ないエリノアだった。
そう言いながらもマーガレットがフローラへ視線を移すと、彼女のワイングラスが空になっていることに気付く。とっさにテーブルに置かれている赤ワインを、フローラのワイングラスに注いだ。
「ありがとう、メグ。そうだ――せっかくだからあなたも一杯どう? 確かメグも今年で二三歳のはずだから、もうお酒は飲める年齢よね」
「――それではお言葉に甘えて、一杯いただきます」
マーガレットはとっさにテーブル席に置かれている空のワイングラスを一つ手に取り、フローラに赤ワインを注いでもらう。外を薄く照らす月の光とグラスに注がれている赤ワインが見事に調和し、それはまるで『レモン色の光沢に輝く赤い宝石』とも呼べる。
「う~ん、美味しい! 美味しい赤ワインに美味しいグラタン、何とも言えない贅沢な時間だわ」
「ふふ、マギーったら。あっ、フローラ。私もその……赤ワインを一口いただいてもよろしいですか?」
普段はお酒などたしなまないジェニファーだが、美味しそうに赤ワインを飲むマーガレットの姿に触発されたようだ。それを聞いたフローラはどこか心配そうに、
「それは構わないけど……でもジェニー。あなたは以前、“お酒は苦手”って言ってなかった?」
“本当に赤ワインを注いでもいいの?”と再度尋ねる。だがジェニファーの答えは変わらなかったので、笑みを浮かべながらフローラは空のワイングラスに赤ワインを注ぐ。しかしお酒が苦手ということを知っていたためか、注ぐ量を通常の四分の一に調整する。
ワイングラスのステムを持ちながら、軽く赤ワインを“クルクル”と混ぜるジェニファー。そして香りを堪能した後で、赤ワインがゆっくりとジェニファーの喉を潤す。
だが普段からお酒を飲まないためか、赤ワイン独特の苦みが口の中に広がった瞬間に、思わず“ゴホゴホ”とジェニファーはむせてしまう。
「だ、大丈夫!? ……ほら、お水飲んで」
とっさにテーブルに用意されていたお水を手に取り、ジェニファーへ渡すマーガレット。“ありがとう、マギー”と一言お礼を述べ、すかさずお水を飲み干すジェニファー。
「ふぅ、すみません。もう大丈夫です」
そんな軽くせき込んでしまったジェニファーの姿を見た香澄が、彼女の行動を軽く注意する。
「ジェニー。あなたはお酒が苦手なのは全員知っているのだから、無理して飲まなくてもいいのよ。逆に無理をして倒れたりでもしたら、それこそ一大事よ。楽しい雰囲気に飲まれるあなたの気持ちも分かるけど……少しは自分の体を大切にしなさい」
「ご、ごめんなさい。それじゃ私も香澄みたいに、今日はレモネードで我慢します」
自分の身を心配してくれたとはいえ、軽く香澄に叱られてしまい視線を下に落とすジェニファー。そんなジェニファーの姿を見たマーガレットは、
「ちょっと香澄。何もそんな言い方しなくてもいいじゃない!? そんなきつい言い方したら、ジェンが可哀想そうよ」
とっさに彼女をフォローする。だが香澄もここで一歩も引くことはなく、
「メグ、私はジェニーのためを思って言っているのよ。この子はあなたと違って、アルコールに弱い体質なの。そのことを再認識しなさいって、この子に言っているだけよ」
「だから、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
せっかくマーガレットが戻ってきたばかりなのに、ここにきて二人の痴話げんかが始まってしまった。だが今日はパーティーということもあり、マーガレットの方が珍しく話を強引に打ち切る。
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