第9話 嘘泣き人形

「せんせーいっ! 馬場さんが大森さんを泣かしましたーっ!」


 男子の大きな声が、平塚先生の耳に届きました。先生は、泣いている大森さんの元へと急ぎました。


「あらあら、どうしたの?」

「うぅっ……先生っ!」


 心配する平塚先生に、大森さんは抱きつきました。


「うっうっ……。私、もっと馬場さんと仲良くしたかっただけなのに……。私が馬場さんのために楽しい歌を作って、それを歌っていたら馬場さんが『うるさい!』って……私を怒鳴ったんです!」

「まあっ、それはひどい! 馬場さん、謝りなさい」

「あの、先生……私は、」

「言い訳しない! 意地悪も、ね!」

「……ごめんなさい……」


 馬場さんは渋々謝りましたが、それでも大森さんは泣き止みません。


「大森さん、落ち着くまで保健室に行きましょっか?」

「は……はい……」

「みんな! 先生は大森さんを保健室へ連れていくから、先生が戻ってくるまで静かに教科書を読んでなさーい!」


 クラスの子たちの「はーい!」を聞くと、平塚先生は大森さんと手を繋ぎ、保健室へと向かいました。

 しかし、教室は静かになりませんでした。


「馬場ちゃん、ごめんね。私がもっと強く大森さんに注意していれば、こんなことには……!」

「良いよ、もう」

「えっ、もしかして馬場が大森に何かやられたの?」

「ねぇ! さっきから騒いで何なの? 先生を呼ぶなんて、余計なことして!」

「……ごめん……」

「馬場ちゃんが大森さんに『ババアッ♪ ババアッ♪』って、しつこく名前をバカにされていたんだよ!」

「馬場ちゃんは悪くない! 悪いのは大森さんと平塚先生と、あんた!」


 ついさっき大声で先生を呼んでいた男子は、馬場さんと仲良しの女子から咎められて、すっかり小さくなってしまいました。




「今日は保健室の先生、お休みだったか。じゃあ、先生と一緒にいましょ。みんなに自習にするって伝えに行くから、ちょっと待っていてね。その後、詳しい話を聞くわ」

「はい」


 まだまだ泣き続ける大森さんが心配でしたが、平塚先生は繋いでいた手を離し、教室へと向かいました。


「……バーカ」


 平塚先生がいなくなって、大森さんがボソッと呟きました。


 ママが学校の役員で、パパが偉い人で、家が金持ちで本当に良かった!

 お陰様で平塚ちゃん、勝ち組の私にヘコヘコしているから悪者にならないで済むし超ラッキー。

 ババアもざまーみろ。大してかわいくないくせに、地味で暗いくせに、いつだって私より出来がよくて本当にムカつくわ。でもこれですっきりぃー。


 ……と、心の中で大喜びしていた大森さんでしたが、


「うっ……ううっ……!」


 まだ涙が止まりませんでした。


 ちょっと、何で? 

 これは嘘泣きなのよ!

 どうして止まらないの?

 本当は笑いたいのに!

 心の底から気分が良いのに!


「ううっ……うっうっ!」


 誰か助けて!

 涙が止まらないの!

 たくさんたくさん、出てきちゃう!

 嫌、嫌、嫌!

 止まらない、止まらない……!



「大森さん、お待たせー……」


 ガラガラと保健室の戸を開けた後、一番初めに平塚先生の目に入ったものは、


「ギャーッ!」


 泣き過ぎたせいで体の水分が全部なくなり、干からびて人形になってしまった大森さんでした。




 その後、すっかり乾いてしまった大森さんの第一発見者ということで、平塚先生は小学校の全ての児童やその保護者、先生に怪しまれました。そして間もなく退職し、姿を消しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る