第164話

 ジャックの視線の先には大扉がある。

 記憶通りなら、そこは謁見の間である。


 そこを通って奥へ向かえば、王の居室があるはずだ。

 駆け出そうとした矢先、大扉が開き、中から鎧を着た兵士が姿を現した。


 彼らはジャックたちを見るなり、首より下げた警笛を鳴らした。


 甲高い音色が廊下中に響き渡る。

 敵兵の誰もかれもが皆が皆剣を握りしめ、血相を変えて押し寄せてきた。


 ジャックとユミル、それにエルフたちが身構える。


「しゃがんでな。当たると死ぬぞ」


 背後から声が聞こえた。

 肩越しに目を向けると、背後から業火がやってきた。

 

 業火はジャックたちを避け、兵士たちへ押し寄せる。

 鎧ごと兵士を焼き、阿鼻叫喚が廊下に響く。

 兵士たちは業火に包まれながら、次々に床の上に悶え倒れて行く。


 肉の焼ける匂い。

 髪がこげる匂い。

 鉄が溶け、燻る匂い。

 

 それらが合わさって、廊下に異臭が漂っていく。


「ああ、これだよ、これ。実に懐かしいじゃねぇか」


 ジャックの横あいから村長がやってきた。

 焼け焦げた死体を見て、村長は頬を歪めた。


「早かったな」


「いんや。これでも時間がかかった方さ。ここまで来るのに、兵士を何人か相手にせにゃならなかったからな」


 村長は肩を竦めた。


「さて、ドミティウスの野郎に会いに行こうじゃねぇか。きっと奴も首を長くして待っていることだろうからな」


 村長はニヤリと頬を歪めながら、大扉の方へ歩いていく。


「……恐ろしいわね。ほんと」


 ユミルが言う。


「感心するのは、ことが終わってからにしろ。警戒を緩めるな、行くぞ」


 ジャックは言う。

 兵士はなおも謁見の間からやってきた。

 しかし、そのことごとくを、村長とエルフたちの魔法が倒していく。


 次第に敵兵の勢いは衰え、ついにジャックたちは謁見の間へと足を踏み入れた。

 

 広々とした空間が広がっている。

 大扉からまっすぐに伸びる赤い絨毯。

 その先には玉座があった。


 黒曜石で作られた、無骨な玉座。

 そこにふてぶてしく腰掛けるエルフの少女。

 いや、少女の皮を被ったドミティウスがいた。


 ドミティウスの横には、男が立っている。

 ロイ・コンラッド。

 しかし、ジャックたちはロイのことを知らない。

 彼らはただ、ドミティウスの仲間という印象しかなかった。


「あの嬢ちゃんが、ドミティウスか?」


 村長が呟く。


「ああ。信じられんとは思うがな」


 エルフや村長たちは、油断なくドミティウスを睨みつける。


 しかし、ジャックとユミルだけは警戒とは違う感慨を浮かべていた。

 まだ、エリスは無事だ。

 傷一つなく、アザもつけられていない。

 そのことが、ジャックとユミルに少しの安堵を覚えさせた。


「諸君。ようこそ私の城へ」


 不敵な笑みを浮かべ、ドミティウスは言う。


「その娘を返してもらおう」


「まだこやつに執心しているのか。この容れ物ごと私を殺せば簡単であろう」


 ドミティウスは自分の胸を、エリスの胸をこずく。


「こやつはもはや私と一心同体だ。私が生きる限りこやつも私とともにあり、私が死ねばこやつもろとも腐るだけだ。なぜそんな簡単な道理を理解しようとしない」


 玉座の肘掛けに顎をさするドミティウス。

 ジャックは油断なくドミティウスを睨み、そして剣を構えた。


 最初に仕掛けたのは、ジャックだった。


 ドミティウスへと一気に駆ける。

 上段からの振り下ろし。

 何度となく繰り返された動きに、一瞬の無駄もない。


 だが、その一撃がドミティウスに届くことはなかった。

 振り下ろされる間際、ジャックの体が後方へと吹き飛ばされた。


 壁にぶつかる。

 空気が口から吐き出された。


 一瞬気が遠くなる。

 歯を食いしばって気を持ち直すと、再びドミティウスを睨みつける。


「手伝ってやろうか?」


 村長が言う。


「いや、まだいい。もう少し、やらせてくれ」


 ジャックは言う。


「その男の言うことには従っておけ。この興は私とその孤児みなしごとの間にのみあるのだ。水を差すような真似はしてくれるな」


 ドミティウスは玉座から立ち上がった。


「……ロイ、お前は下がっていろ。巻き込まれて死ぬのはごめんだろう」


「はっ。お気遣い、痛み入ります」


 ロイは頭を下げる。

 そして、素早く踵を返し、謁見の間を後にした。


「……さあ、こい。私をもっと、楽しませておくれ」


 ドミティウスの大きく手を広げ、ジャックに呼び掛けた。

 ジャックは剣を握りしめ、今一度ドミティウスへと駆け迫った。

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