第157話

「陛下。ご報告したい事が」


 貴族たちが去ってから時間をおいて、兵士が謁見の間へとやってきた。


「何だ?」


「ヴィリアーズ邸へ向かわせた兵士たちですが、現在連絡が取れない状況にあります」


「連絡が取れない?」


「ええ。定時連絡を待っていたのですが、時間になっても連絡兵が来ず、音信不通になっている状況にあります」


「伏兵でも潜んでいたか」


「そのようなはずはないかと。エマ嬢をさらった事で幾分警備を強めたようでしたが、かの御仁の兵士嫌いは治ってはいませんから。伏兵を忍ばせるほどの兵力を保持していたとは、考えられません」


「そうか……」


 ドミティウスは顎をさすり、深く考え込む。


「それともう一つ。ジャック・ローウェンとユミルというエルフを、先程魔法大学で見かけたと言う報告が入りました」


「ほう。奴め、しぶとく生き残っていたか」


 ドミティウスはくつくつと喉を鳴らす。


「いかがいたしましょうか。今すぐ魔法大学へ攻め入ってしまいましょうか」


 それに水をさすように、兵士がおずおずとドミティウスに訊ね聞く。


「……いや、少し時間を与えてやろう」 


「よろしいのですか?」


「奴は私が丹精込めて育てた人間の一つだ。それをただ物量のまま押しつぶしてしまうのは、あまりにつまらないではないか」


「はぁ……」


「……何か不満があるのか?」


「いえ。不満など。ただ、敵を放っておく場合、奴らが奇襲に打って出るとも限りません」


「出るだろうさ。まさか、正面からくるわけがあるまい。何らかの策を労してくるに違いない。だが、我らが帝国の優秀たる兵士は、奴らが一朝一夕で考えついた策で瓦解するほど、脆弱なものなのか?」


「いえ。そんなことはありえません。我らは一つの壁となり、彼奴等など跳ね返してみせましょう。になにがあろうと、御身を護って見せます」


「そうだ、そうでなくてはな。そうでなければ私の駒は務まらぬ」


 拍手と労いの言葉をドミティウスは兵士に送る。

 兵士はかしこまり、深々と頭を垂れる。


「では、来るべき時のために皆準備を怠るな。せっかくのお客人が来訪するのだ、丁重にもてなさなければなるまい」


 ドミティウスは腰をあげる。

 そして衆目がドミティウスの方へ注がれる中、彼らの皇帝は謁見の間を後にする。


「大学からでしたら、帝都にも進入できますな」


 ドミティウスの背後から、ロイがついてくる。


「ああ。おそらくそれを狙ってのことだろう。それにエマ・ヴィリアーズの持つプレートを使えば、ヴィリアーズ邸の兵士を片付けることも可能だ」


「奴らの仕業と考えておられるのですか?」


「その可能性もあると言っているだけだ。断定しているわけではない。……だが、もしもそうであったとするのなら、奴らはガブリエルのプレートを使って、城に潜入してくるやもしれないな」


「警備を増強させましょう。万が一に備えて、脱出経路も用意しておかなければ」


「その必要はない。私は逃げも隠れもしない」


「ですが……」


「ロイ。もう何百年と私は逃げて、隠れ続けてきた。この期に及んで、再びあの生活に戻ることはできんよ。勝とうが負けようが、私はここに残り続ける。皇帝として生き、皇帝として死ぬ。それこそ、私が望んでいたものなんだ」


 ドミティウスが立ち止まり、ロイに顔を向ける。


「どうか。私から希望を取らないでくれ。私は皇帝だ。皇帝でなければ、私の存在する価値はない。だから、ロイ。私を皇帝として、生かしてくれ。死なせてくれ」


「……陛下の御心のままに」


 ロイは、静かに言った。

 ドミティウスはロイの肩を叩く。

 

 そして、ドミティウスは再び歩き始めた。

 彼がロイにふり返ることは、もうなかった。

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