第145話

 屋敷の二階。

 見張りの目を掻い潜り、時には無理やりにでも排除しながら、ジャックたちは廊下を進んでいた。


 窓からは、いくつかの明かりが見えた。

 兵士の持つランタンの明かり。

 それが一つ、また一つと音もなく消えていく。


 狩人たちはどうやらうまくやっているようだ。

 ジャックは窓から目を切り、部屋の中を確認していく。


 三階と似たり寄ったり。

 がらんとした空室と、死体が転がった部屋が続いていく。


 事情が変わり始めたのは、部屋数が十を超えたあたりからだった。

 鈍い打撃音が、ドアから響いている。

 わずかな隙間から光が漏れ出している。


 音を立てないように気を配りながら、ジャックは静かにドアを開いた。

 かいまみえた部屋には人がいた。

 鎧を着た兵士が数人。

 そして、床に横たわるガブリエルの姿があった。


 兵士はガブリエルを囲い、じっと彼を見下ろしている。

 そして、息があるか確かめるように、時折ガブリエルの腹部をこづいている。


 小突かれる度にガブリエルはくぐもった呻き声を漏らす。


「娘はどこにいる。そのものに、貴様のプレートを渡したはずだ」


「……知らん」


「大学も捜索した。お前が与えた、娘の借家も探した。そのどちらにもいなかった。お前は一体、娘をどこに逃したんだ」


「……娘は、つねに私とともにいる」


 兵士は足を振り上げ、ガブリエルの腹部を蹴り上げる。

 嗚咽とともに、ガブリエルの口から、胃液が吐き出される。


「これ以上苦しむことはない。もしもすぐにでも教えてくれれば、貴殿はすぐにでも解放されるのだぞ」


「……解放されたとて、私の苦しみは続く。同じ苦しみならば、自分の身を犠牲にする方が、いささかマシと言うものだ」


 ガブリエルの血反吐まみれの口元に、笑みが浮かぶ。


「隊長、それ以上はやめておいた方が。ヴィリアーズ公が死んでしまいますよ」


 隊長、そう呼ばれた男は、兵士に顔を向ける。


「ここでやめれば、俺たちが殺される。お前だって、それはわかっているだろう?」


「ですが、ヴィリアーズ公を殺せとは言われてませんよ。もしも死んでしまったら、それこそ私たちの首が飛びかねない。皇帝陛下なら、簡単にやってのけるでしょう」


「だが……いや、なんでもない。少し頭を冷やしてくる。その間に、ヴィリアーズ公を治療してやれ」


 隊長はため息を溢す。

 兵士の肩を叩くと、隊長はジャックたちの方へと歩いてきた。


 隊長がドアノブに手を伸ばす。

 ゆっくりとドアが引き開かれていく。


 瞬間、カーリアの刀が煌めき、体調の腹部を貫いた。


「カーリア……きさ……!」


「ごめん」


 カーリアは静かに呟いた。

 刀を翻し、より深く腹部に突き刺す。

 隊長の口から、血がこぼれる。

 

「後のことは、私たちがやるから」


 隊長の耳元に、カーリアの声が響く。

 苦痛に歪んだ隊長の顔。

 ただ、息絶える一瞬だけ、隊長の顔はふっと安らいだように見えた。


「隊長……!」


 異変に気付いた兵士が、剣を抜きカーリアを見た。

 彼らが襲い掛かるより先に、ユミルの矢が、彼らの喉を貫く。


 血飛沫はあまりなかった。

 口から吐き出される、一筋の血。

 その場に五人ほどいた兵士たちは、膝をついた。


「さようなら」


 苦しむ兵士の元へ歩み寄り、カーリアは次々に首をないだ。

 苦しませたくはない。

 ただその一心で、刀を振り続ける。


 血の色に染まる部屋。

 悲鳴もなければ怒号もない。

 淡々と、元は仲間だった兵士を、カーリアは殺していく。


 音のない戦闘。

 静かな戦闘はただ一方的な幕引きに終わった。

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