第111話
アーサーはドミティウスを連れて、牢獄へと向かう。
アーサーはちらりと背後をにらむ。
そこには楽しげにあたりを見回しながら歩く少女がいた。
だが、その中身はきっと少女に似ても似つかない化け物が巣食っている。
「……ああ、この娘か。ジャックという男を知っているか。このエルフは、そのジャックが大切にしていたらしい娘子なのだ」
アーサーが説明を求めた訳ではなかったが。
ドミティウスは話し始める。
「ジャック……。ジャック・ローウェンか?」
「ほう、知っていたか。ならば、やつの説明は省いてもいいだろう。入れ物は小さいが、エルフというだけあって、保持している魔力は中々のものだ。人間のそれとはとうてい比べ物にならんよ」
楽しそうに笑いながら、掌に炎を浮かべる。
エルフの体を、さぞ気に入っているらしい。
アーサーから言わせれば、趣味の悪い着ぐるみ以外の何者でもなかったが。
やがて、ロイの待つ牢の前にたどり着く。
「……誰だ、そのエルフの娘は」
ロイは、アーサーの背後にいる少女を睨む。
「お前の客だ」
「客?」
「私だ、ロイ」
少女の声を聞いて、それまで眉根を潜めていたロイの顔が、さっと青ざめる。
「か、閣下なのですか?」
「ああ、そうだ。こんな身なりで現れたから、驚いただろう」
「これは、とんだご無礼を。お許しください」
ロイは片膝をつき、ドミティウスに頭を垂れる。
「よい。私がこんな格好をしておるから、混乱させてしまったのだ。非があるのは私だ」
柵の間から腕をいれ、ドミティウスはロイの肩を叩く。
「さて、ロイ。君に折り入って頼みたいことがあるのだが、その前にアーサー君。彼をこの豚箱から出してやってくれ」
ドミティウスは言う。
不服ではあるが、死なないためには彼に従う他にない。
アーサーは牢の鍵を解いて、鉄の扉を引き開く。
錆び付いた扉の蝶番がきしみ、悲鳴を上げる。
甲高い音が鼓膜を刺激してくる。
「閣下にお手数をおかけすることになるとは。誠に申し訳ありません」
「何、たいした手間ではないさ。君が気にすることではない。早速で悪いが、頼みを聞いてくれるか」
「閣下の命令とあらば」
「現皇帝の顔を見ておきたいのだが、居場所は分かるか?」
「存じております。すぐにでもお連れいたしましょう」
「私は優秀な部下を持つことができてとても幸せだ。……さて、アーサー君。君はどうする」
ドミティウスの目がロイからアーサーへと向けられる。
「私と共にくるか。それとも、この場にとどまるか。残念ながら、生きたままという訳にはいかなくなるが」
「お待ちください。閣下。彼は私の従兄弟です。今は反抗的ではありますが、私が説得を行い、改心させましょう。ここで殺してしまうには、惜しい男です」
ロイが言う。
「それは血縁の者だからか?」
ドミティウスの目が、ロイを捉えた。
「いいえ。閣下に仕える者としての率直な意見を述べさせていただいているまでです。ご気分を害してしまったのでしたら、このロイの首を献上いたします」
ドミティウスの目がロイの顔をのぞく。怖じ気づくことなく、ロイは屹然とドミティウスの目を見つめる。
「……よかろう。だが、一緒には連れてはいけない。何かと邪魔をされては困るからな。今は、牢屋の中で大人しくしていてもらおう」
ドミティウスはアーサーから鍵を奪うと、ロイにそれを渡す。
「入れ」
刑務官でもなったかのように、ロイはアーサーの背後にたち、前へ進むように促す。
「……おとなしくしていろ。そうすれば、お前は死なずにすむ」
囁くように、ロイはアーサーに言った。
「悪いな、兄弟。俺は聞き分けのいい方じゃないんだ」
そう言うと、アーサーは瞬時に転身し、ロイを蹴り飛ばす。
突然の攻撃にろくに防御もできず、ロイは、たたらをふんで通路に倒れ込んだ。
その隙にアーサーは剣を抜き、ドミティウスへと切り掛かる。
上段から、ドミティウスの小さな頭目掛けて、振り下ろす。
しかし、彼の剣がエリスの肌を傷つけることはなかった。
彼女の体の周りに空気の層が現れ、アーサーの剣を防いだのだ。
「血気盛んなのはいいことだが、剣を向ける相手が間違っているぞ」
アーサーの剣など気にもとめず、ドミティウスは手のひらをアーサーの腹へとのばす。
無音の衝撃がアーサーを襲う。
ドミティウスから放たれた魔法によって、アーサーの体をいとも容易く後方へと飛ばしてみせた。
強かに牢の壁に背中を叩き付ける。
そして氷柱が、彼の両腕を貫通し、アーサーを石壁に縫い付ける。
鋭い痛みがアーサーの腕を通り、脳へ感覚を伝えてくる。
とっさに声を漏らしかけるが、下唇を噛み締めて耐えた。
「今は、そこで大人しくしているがいい。すぐに戻る」
鼻をならし、ドミティウスはアーサーの元から去った。
「……馬鹿ものが」
ロイはそう吐き捨てた。
牢屋の鍵を閉め、彼はドミティウスを追ってその場を後にした。
恥辱と屈辱、そして責任を果たせなかった自分に対する失望。
アーサーの心のうちに渦巻き、敵に対する怒りとなって形作る。
だが、怒りをぶつける相手は姿を消した。
そして、この失態を挽回する機会も、当分の間こないことも知っていた。
「陛下、どうかご無事で」
アーサーが呟く。
心からの願いだった。
しかし、その願いがかなうはずもないことを、アーサーは予感していた。
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