第109話

 帝都の惨状を目の当たりにしながら、アーサーは一人、城の内部にある牢の前にいた。

 牢の中にはロイ・コンラットが収容されている。


「貴様の仕業か。ロイ」


 その声に感情はなかった。

 あるとすればひどく凍てついた殺意だけ。

 ロイは薄笑いを浮かべて、アーサーを見上げた。


「いいや、私は関与していない。あれは、ドミティウス公が判断して行なったことだ」


「だが、お前は知っていたはずだ。知らなかったとは言わせんぞ」


「もちろん、知っていた。だが、いつ実行するのかはわからなかった。彼の頭を知るものは、彼しかおらんからな」


 淡々と。まるで帝都の惨状を人ごとのように、ロイは言う。

 その態度が、アーサーの怒りをさらに焚きつけることを、知った上で。


「お前の怒りは、もっともだと思う。愛する帝都の民たちが、無意味に、無造作に殺されていく様は、気持ちのいいものではない。それは、私にもよくわかる」


 ロイは肩を落とす。

 さぞ残念そうに、心からの悔やみを言うように。


「だが、前にもいったように、これは必要なことなのだ。帝国を強国にするための、必要な犠牲だ。恨み、憎しみ、怒り。これは愛国心を高めうるだけでなく、戦意を高揚させる重要な要素だ」


「何をほざくか。お前らがやっているのはただの侵犯だ。帝国を滅ぼそうとしているだけだ」


「一見すればそうだろう。だが、再生は常に破壊と共にある。なんの犠牲もなしに発展を遂げるなど、到底無理な話だ。お前だって、それはわかっているはずだ」


「自国の民を犠牲にするような発展に、なんの価値があるというのだ」


「表面的な視点でしかものを言えんのか。もっと先を見るんだ、アーサー。そうすれば、私の言っていることも、理解できるはずだ」


「狂人の頭なんぞ、理解してたまるか」


 アーサーはロイと視線を合わせるため、膝をおる。


「お前を人質にすれば、奴は攻撃を止めるか?」


「いいや、止めんだろうな。むしろ私もろとも、この城を破壊するだろう」


「……期待外れだな」


 アーサーは吐き捨てると、ロイの牢屋から離れた。


「私とともにドミティウス公のもとにくれば、もう少し自体がましになるかもしれんぞ」


 アーサーの足が止まった。

 肩越しにロイの牢屋を見つめる。


「お前のような優秀な兵士を失うのは、私は惜しい。もう一度よく考えてみろ。もしもその気になったら、またここに来るといい。幸い、私はここを離れられんからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る