第63話

 生徒会の部屋を出て、二人は廊下を進んでいく。

 右側には教室らしき部屋。左手には窓がある。そこからは大学の建物と中庭が見渡せた。


 大学は中庭を囲うように四角形になっており、四隅には背の高い尖塔がそびえている。赤茶けた煉瓦を積んで作られた、高さ四階建ての建物だ。エリスとジャックはちょうど四階の廊下を進んでいた。


 中庭には円形の噴水が中央にあり、それを囲うようにベンチがいくつかあった。

 綺麗にかられた芝の絨毯が敷かれている。その芝の上に、いくつもの頭が並んでいた。あれがおそらく試験に赴く試験者たちなのだろう。ジャックはそう推測した。


 エマの案内に任せて廊下を進む。曲がり角を右に曲がる。

 その先には長い渡り廊下が伸びていた。中庭を前後左右に横断している。

 廊下の両端には足下から腰当たりの高さの手すりが設けられていて、頭上には木で組まれた屋根が付けられていた。


 エリスは、いくつもの試験者の中に紛れていた。

 三十四番。それがエリスの番号だった。

 不安なのか、彼女はキョロキョロと辺りを見渡している。ユミルの姿は見えないことが気にかかるが、おそらくはどこかで待機を命じられているのだろう。


「あの子が、貴女の娘さんですか」


 前を歩いているエマがそう言ってくる。


「娘ではない」


 ジャックはそう答える。そのはっきりとした否定に、エマは意外そうに目を見開いた。


「娘さんではないんですか?」


「掘り下げるな。説明するのが面倒くさい」


「そ、そうですか」


 苦笑いを浮かべながら、二人は廊下の中程までやってきた。

 廊下には試験者たちを見下ろすように、数人の大人たちが並んでいた。


「やあ。ヴィリアーズ君。今日はよく来てくれた」


 大人たちの顔を眺めていると、男が二人の元へ歩いてくる。

 豚。男を見てジャックの抱いた印象はそれだった。

 でっぷりと肥えた腹。顎に蓄えられた贅肉はあるはずの首を隠している。

 丸くたるんだ顔に、柔和な笑みを浮かべていた。

 蓄えた髭を撫でながら、青い双眸を細めてエマを見つめている。


「おはようございます。校長先生」


 エマは言う。校長、彼女にそう呼ばれた男は、満足そうに頷いた。


「そちらの方は、君の新しい恋人かね」


 校長はエマからジャックに視線を移す。


「紹介が遅れました。こちらの方はジャック・ローウェンさん。私の護衛をしてもらっている冒険者さんです」


「ほう。君の護衛とは。あのお硬いガブリエル老がよく許したな」


 校長は言った。あごひげを撫でて、さも珍しことだと言わんばかりの口調だった。


「ローウェンさん。こちら校長先生のレイモンド・ブラム・ヴィットリオ先生」


「よろしく、ローウェン君」


 レイモンドはジャックに向けて手を差し伸べてくる。ジャックはその手を取ると、数秒の握手を交わした。


「今日は彼女をよろしく頼むよ。それにエマ君も。監督者の仕事を全うしてくれ」


 レイモンドは言う。橋の中央部にいる男に顔を向けると、手を掲げ合図を送る。


「これより、事前指導を行う」


 男は頷き高らかに号令をあげた。


「ではな。がんばってくれ」


 エマの肩を叩くと、レイモンドは二人の横を通り、学舎へと入っていった。

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