第41話

 牢獄にある牢屋を一つ一つ確認していく。

 女たちが囚われているのではないかと、考えたためだ。

 しかし、どの牢にも誘拐された女達の姿はない。誰とも知らない骸が、雑多に転がされているだけだった。


 階段を見つけると、そこを昇り一階の廊下へと進む。

 廊下の壁には燭台が架けられ、火の灯ったろうそくが廊下の奥にまで続いている。突き当たりには右に折れる曲がり角があった。

 左右にはいくつかの部屋があり、茶色のところどころ腐食した扉が並んでいる。


 一つ二つと見ていくが、悪党はおろか肝心の令嬢や女達の姿もない。

 武器の飾り棚とベッドが二つあるだけの質素な部屋だけが彼らの視線に入ってくる。


 手分けして次々に部屋を覗いていくが何処も同じ。早々に先に進もうとした時、と足音が聞こえてきた。


 四人は部屋の中に隠れて、様子を伺う。廊下の奥。右に折れた廊下から男が一人やってきた。

 武器は腰に差した片手鎚。装備は肩あてと篭手、具足。顔はフードを被っているためにはっきりと見ることはできない。


 男は茶色の髪をひっつかんでいる。女の髪だ。ぼろを着た女が、頭を抱えながら男に引っ張られていた。


「いや、いやああ!」


 女は必死に足を動かして抵抗をするが、どうにもならない。

 男は無理やりに女を引きずると、部屋の中に入っていく。足を忍ばせて、その部屋へと四人は向かう。

 

 明かりが部屋から屋から漏れ、二つの陰が伸びている。男の影が女にのしかかり、女の影は懸命にあがいている。

 

 苦しげなうめき声、布の引き裂かれる音。影は音と声が聞こえるたびに、激しく動き、暴れる。

 男は女の顔を何度も打ち据えた。すすり泣く声が聞こえてくる。

 

 見るに堪え兼ねたカーリアが、部屋へ飛び込んでやろうとした時だ。それよりも早くジャックの身体が動いた。


 ジャックは剣を留めていた腰紐をゆるめ、鞘に入ったままの剣を手に握る。そして女に夢中になっている男へ一気に詰め寄る。


 物音に気づき男は振り返るが、もはや遅い。ジャックの力任せに振るわれた剣が男の後頭部を打ち据えた。


 避ける事も防ぐ事もままならない男は力なく女に覆い被さるように倒れた。ジャックは倒れた男の襟首を掴み、男の身体を引き上げて床に投げる。


 石床に強く頭を打ったように見えたが、それでも男が目を醒ます気配はなかった。


 下敷きになっていた女を見る。先ほどまでの悲鳴が嘘のように、女は静かにベッドに横たわっている。


 どうやら気を失っているらしい。ジャックは女の顔を軽く叩く。だが、起きない。今度は強めに叩く。すると、女の目がゆっくりと開き始める。その途端、やかましい悲鳴が部屋中にこだました。


「うるさい、騒ぐな」


 ジャックは剣を女の首元につき付ける。喉元に当たる冷たい感触に女は声を引っ込めた。


「ちょっと、やめてあげてよ」


 ユミルがジャックの手を取る。


「大人しくさせるためだ。殺すつもりはない」


「それはわかっているけれど、乱暴されそうになった後よ。可哀想じゃない」


 ユミルはジャックの行為を戒める。

 ジャックは彼女を見た後、肩をすくめながら剣を鞘に収めた。

 何が起きたのか把握できていないのか。女は目を丸くして身体を震わせている。


「大丈夫ですか」


 コビンが女に声を掛ける。

 ユミルに支えられながら身体を起こす女は我に返ったのか。すばやく身体を抱きしめ、視線から身を隠す。


「あ、あ、あの…。貴方達は一体」


「帝国兵のコビン・ルーです。こっちが同じくカーリア・ヴェルク。そして冒険者のユミルさんとジャックさん。我々は貴女の敵ではありません。貴女達を助けに来ました」


 コビンは膝をおり、なるべく真摯に女へ向けて説明する。皺になったベッドの毛布を女に手渡す。

 女はコビンから毛布を受け取ると、自分の体を隠すように毛布を体にかぶせる。彼の親切心にほだされたのか。女は身体を震わせながらコビンに訴え始めた。


「お願いです。皆を助けて下さい。あ、あのあいつらに、酷い事されて。もう……、何人も……」


「他の方々は、どこに」


「廊下の、先にある部屋です。突き当たった右手にある、部屋。そこに、皆、います」


 震える指先。その先には確かに廊下が続いている。


「もう大丈夫よ。落ち着いて」


 ユミルは女の頭を胸に抱き寄せて優しく声を掛ける。すると、安心したのか女の身体は恐怖から解放され、涙を流してえづく声が聞こえてくる。


「……少しそいつの面倒を見ていてやってくれ」


「貴方はどうするの」


「こいつに少し聞きたい事がある。だが、まずは場所を変える……カーリア」


「何」


「こいつの仲間が見回りにきたら、容赦するな。気づかれる前に倒せ」


「わかってる」


「ユミル、もしここの連中が一斉に押し寄せてきたら、私を置いてここを出ろ」


「でも……」


「でもはなしだ。すぐに戻るつもりだが、それまで警戒は怠るな」


 それを言い残して部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る