3−2 隠し事

 遠出の為の計画書をギルドに提出して、各村で便宜を図ってもらえるよう手配しておく。

 1週間も音信不通であれば教会をはじめ多方面に迷惑が掛かるので、これは長期活動前の義務でもある。

 その際、あからさまにほっとした様子で受理してくれた受付嬢の姿に、その気苦労の片鱗を知った。

 街中の事であれば衛士隊が動くし、大事があれば国や領主が軍や騎士団を動かすが、郊外の情報収集の主な要因は旅人と冒険者だ。この町が保有する冒険者の大半が南に集中しているという状況は、その他の地域の情報が入って来ない事を意味する。これはギルドとしては無視できない懸念事項なのだろう。

 とりあえず俺はそう理解して、皆の後方でひっそり溜息をついた。


 まだ朝と呼べる時間帯だが、今から出ると最初の村に着く前に日が暮れる。探索初日から強行軍をするほど馬鹿馬鹿しいこともないので、出発は明日となった。

 よって、今日は各自ゆっくり準備をする為の1日だ。例えば、消耗品相互融通システムに予備アイテムを預けたり、宿にキープの届けを出したり、親しい者に遠出することを伝えたり、教会で祈りを捧げたり。

 ノノには嫌そうな顔をされたが、本業なので許して欲しい。3姉妹を押し付けるなり自分はどこかに出かけるというのも身勝手な話ではあると自覚はしているが、まさか住み込みになるとは思っていなかった訳で。


「ところで昨日の話になるんだが、レベルアップの儀式を受けて来てな?」

 通称の方が通りが良いので、あまり正式名称の才能昇華の儀式という表現は一般では聞かない言葉だ。俺もそれに倣って、通じやすい表現で話題を切り出す。

「ふーん? あからさまな話題転換だけど、聞いてあげるよ。それで?」

 片目を閉じてそんなことを言う彼女は優しいのか嗜虐的なのか、判断に難しい。

「おう、聞いてくれ。取得できる才能に魔法薬作成の才能があったんだよ」

「取ったの?」

「いや、悩みはしたが、他との兼ね合いで今回は見送った」

「妥当な判断だろうね、まだ冒険したいなら。まさか本格的な調薬設備を持ち歩く訳にもいかないし」

 意外さなど欠片もないと言うように、彼女は首を縦に振る。

 そんな彼女に、俺は改めて感謝の位を伝える事にした。

「……現時点で引退後の指針の1つが見えてるのは、間違いなくノノのおかげだ。ありがとう」

「私は基礎の基礎をちょこっと教えただけだよ。そこから才能を得られる程の経験を積み重ねたのは、君自身の努力の賜物さ。基礎を教えた事に対するお礼はもうとっくに貰ってるんだから、今更感謝される事でもないね」

 俺を褒めながら微妙につれないことを言う彼女だが、その頬が緩んでいるのを見るに、言葉にして改めて伝えてよかったと思えた。

 彼女が冒険者に人気なのは、そういった小さな仕草が票を稼いでいるのか。俺ももう少し顔と収入に自信があれば、ダメ元で告白していた事だろう。告白しなかったおかげで今の関係が有る事を考えると、これで良かったのかも知れないが。

「ったく。いつまでも変な顔をしていないで、魔法薬の確認でもしたらどうなんだい? 折角君は今、魔法薬師の工房に住んでいるんだから、持ち込み分位は多少上等な薬を用意できるだろうに」

 彼女の発言の意図をいまいち理解できず、俺が首を傾げると。

「例え才能が有ろうとなかろうと、君は半ば私の弟子なんだ。君の持ってる簡易調合キットでも作れる、君の知らないレシピがまだまだ有るんだよ? 材料も上質なのがたっぷり有る。さあさあ、今日はとことん仕込んであげるからね!」

 それは、彼女なりの照れ隠しだったのだろうか。俺は寝る時間の直前まで、彼女にみっちりしごかれる事になった。


◇◆◇


 事件が起きたのは、その夜の事だ。

 俺にとっては大きな事件だったのだが、女性慣れしている人にとっては多少の珍事あるいはただの日常であったかも知れない。とにかく俺の日常においては例外中の例外だった。

 事実だけを述べるなら、3姉妹の長女が俺の部屋を訪ねてきた。

 時間はひと寝入りした後だから深夜か。

 窓から差し込む月明かりだけでは、表情や格好まではいまいち判然としない。

 中々彼女は用件を切り出さなかったので、俺は明かりを灯す事にした。

 火ではなく光。四大属性魔法ではなく六大属性魔法の基礎に位置する、冷光を灯す魔法を試してみる。

 突然の光に俺も彼女も目が眩んで、特に何の心積もりもなかった彼女には小さく悲鳴を上げさせてしまった。少し失敗してしまったようだ。

「っと、アリスか。何の用だ?」

 俺を起こす声を聞いた時点で判っていた事ではあるが、改めて口に出す。

 ちなみに妹2人の名前は順に、イリスとエリス。

 安直な名付けだと思いきや、貧困層にとってはこの手の命名が珍しくないらしい。名前の紹介を受けた時点でノノが何やら察した様子だったので後でこっそり聞いてみた情報だ。クリス、ドリス、ナリスあたりの姉妹がいないのは、やはり貧困層であろうから栄養面や衛生面の問題で次の妊娠が起こらなかったのだろうと、彼女は分析していた。

 眩しそうに薄目を開くアリスは、なかなか俺の問いかけに答えようとしない。

 暗いのが怖くなった、という事もあるまい。彼女は最近まで家無き孤児であったし、今彼女に与えられている部屋には2人の妹がいる。妹達を食べさせていくため窃盗を働いていた彼女だ。暗闇に対する恐怖を理由に妹達を置き去りにして俺の部屋に来るというのは考え難い。

 改めてその可能性を思考してみたが、俺は結局あり得ないと結論付けて首を振った。

 しかし、目的は口にしたくないというのなら、そういうことにしてもいいだろう。彼女には申し訳ないが、明日朝から出かける身としてはあまり時間を割き過ぎる訳にもいかない。

 花摘みに付き合えというのならそれでもいい。少しばかりせかす意味で、俺は言葉を重ねた。

「……寝れないのか?」

 これに、彼女はやや間をおいて首を縦に振った。

「遠くへ行くって」

 彼女に今回の遠出の事を伝えたのは夕食の時だ。ざっと3・4時間前だろう。それからずっと、彼女は何かを、例えば俺が返ってこない事を想像していたのだろうか。妹達に悟られないように振る舞いながら不安を抱えていたのだろうか。

「遠くって言っても、距離的には徒歩で1日程度だけどな。10日ほどで帰ってくる予定だし」

 今生の別れとはなりえない。そもそも死んだところで、教会で蘇生するだけだ。

 そう考え、苦笑しようとして、しかし俺は気付くべきではないことに思い当り、それに失敗した。

 いや、逆か。もっと早く思い当っているべきであった事、か。

 そもそも、事故であれ他殺であれ、栄養失調や失血死でさえ、蘇生という奇跡がこの世界にはあるのだ。寿命または魂の破壊以外での死というのは、実質的に最後の別れとはならないという。

 冒険者に無償で蘇生を施す教会が、貧困層だからと蘇生を行わないという事もないだろう。そもそも、冒険者登録は未成年でさえ行えるのだから経済的線引きは無意味だ。

 そのうえで両親がいないというのは、よほど特殊な事情で家に帰れなくなったか、彼女たちを捨てて蒸発したかの2択と考えるのが妥当といえる。それはとてもではないが子供に聞かせるようなことではなく、また、悟られるような態度をとっていいことではなかった。

 少なくとも、今気が付くべきではなかった。


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2018/10/13 主人公がまだ宿をキープしていると読めてしまう指摘を受け、宿のキープなど準備が、メンバー各自それぞれの行動である事を示すため、「今日はゆっくり準備をする為の1日」を「今日は各自ゆっくり準備をする為の1日」に変更。

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