浸水

 私はバシャリと水が何かにぶつかっているかのような音で目が覚めた。ベッドサイドのテーブルに置いた時計を見ると、深夜一時を過ぎていた。時計の横には赤ペンでバツ印をつけた少年少女たちの写真が置いてある。

 目を擦りながらベッドから体を起こし、私は耳を澄ました。やはり水が何かにぶつかる音らしきものが聞こえた。音の反響から察するに、どうやらこの寝室から聞こえているようだった。

 私は怪訝に思いながらも、ベッドから降りようとして愕然とした。目の前の光景が信じられなかった。。潮風の匂いが鼻腔をついた。寝室を浸しているのは海水のようだった。海水がタンスにぶつかってバシャリと音を鳴らしている。

 私は恐ろしかった。海水が寝室に浸水したからではない。二十階建てマンションの最上階の部屋に海水が浸水する不可解な状況にである。海水はベッドの脚を完全に侵食し、すぐそこまで迫ってきていた。

 早く逃げなきゃと焦ったが、ゆらゆら揺れる海水の中に顔のようなものがあることに気付いた。それも一つだけではなかった。いくつもの人の顔が海水の表面に浮かび上がっているのだ。その顔には見覚えがあった。私が

 私のことを恨んで化けて出たのか? そうだとして海水と一体化しているのは何故だろうか? 死体を海に投げ捨てたからか? 

 私はあまりの恐怖に顔を引き攣らせた。海水はまるで生きているかのように蠢いていたが、表面に浮かんでいた顔が突然消えた。いやな予感がして身構えた瞬間、海水が蠢いて無数の腕を形成した。

「いやっ!」

 腕を象った海水が私に襲い掛かってきた。必死の抵抗も虚しく、あっという間に体を掴まれて海水の中に引きずり込まれてしまった。海水の中でもがいたが、やがて私は意識を失った。


 ――翌日、二十階建てマンションの最上階の部屋で女性の溺死体が発見され、警察は不可解な溺死に頭を悩ませる事態になった。

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