光輝く温泉

「……本当にこの道で合っているのか?」

 私は険しい山道を登りながら小吉しょうきちに問いかけた。

「旅本に掲載されていたのをちょいと見ただけですが、この道で間違いありませんよ。げんさんのために温泉を探しましたから、ちゃんと道のりは確認しました」

 小吉はそう言ったが、どこか不安そうだった。私のために温泉を探してくれたのはありがたいが、もうすっかり日が暮れていた。このままだと野宿なんてことになりかねない。近くに町があればいいのだが。

 私は立ち止まって辺りを見回した。道の両側には樹木が立ち並んでいるが、何の種類かはさっぱり分からなかった。道の途中には大きな石が鎮座している。石の左側にどこかに続く道があった。

 私は振り返って小吉を見た。小吉は懐から旅本を取り出し、確認していた。私も小吉の隣に立ち、旅本を確認する。旅本によると、目的の温泉地は一本道だけで分かれ道はないようだった。やはりどこかで道を間違えたようだ。

 しかし、来た道を戻ろうにも現在地がどの辺なのかが分からない。このまま踵を返しても、道に迷うだけだろう。どうしたものかと思っていると、左側の道の奥にわずかに光が見えた。もしかしたら町の光かもしれない。

「奥に光が見えるぞ。町があるかもしれん。どうせ道に迷っているのだし、左の道を行ってみよう」

「……そうですね。迷ってしまって申し訳ございません」

「いや、別に謝る必要はないさ」

 私はわずかに首を振り、左の道を進んだ。小吉も隣に並んで歩きだした。樹木から伸びた枝を避けながら進んでいく。このあたりの土は栄養豊富なのか、どの樹木も逞しく成長している。枝も太く長さもあり、避けるのが大変だった。しゃがむ動作を繰り返しつつ、進んでいると、腰が少し痛くなってきた。

 しばらく進むと、ようやく森を抜けたが、そこに町はなかった。あったのは美しい光を放つ温泉だった。道の奥に見えたのは町の光ではなく、温泉が放っていたもののようだった。

「目的の温泉ではないが、せっかくだから、入ってみないか?」

「そうですね。きれいな温泉のようですし、入りましょう」

 私と小吉は着物を脱ぐと、岩場に畳んで置いてゆっくりと温泉に浸かった。冷えた体が急速に温まっていく。ちょうど良い湯加減で最高に心地良かった。道に迷いはしたが、秘湯を見つけられて良かった。

「源さん、気持ち良いですね。こんな温泉に入れたんですから、道に迷って良かったのかもしれませんね」

「そうかもしれないな」

 私は小吉にそう返し、腕がわずかに光を帯びていることに気付いた。腕だけではなく、湯に浸かっている部分がすべて光を帯びていた。意味が分からず、私は首を傾げた。小吉も気付いたみたいで不思議そうに首を傾げていた。

 すると湯の表面にドロリとした肌色の何かが浮かび上がってきた。ドロドロの肌色の物体が何か分からず、気味が悪かった。

 肌色の何かが浮かび上がってくるたびに、自分の目線が下がっていくのに気付いた。下を向いた私は悲鳴をあげた。少し遅れて小吉も甲高い悲鳴をあげる。

 なぜか両足がドロドロに溶けていた。肌色の何かはドロドロに溶けた自分の体だった。恐ろしいことに体が溶けているのに、何の痛みも感じなかった。それ故に溶けていることに気付かなかったのだ。

 温泉の光が一層輝きを増したように見えた。まさか、この温泉は私たちを食べているのか? 光には体を溶かす作用があるのか? 

 私は温泉から出ようとしたが、両足が溶けていたため、岩場までたどり着くことができなかった。

 上半身も徐々に溶けていき、それは小吉も同様だった。

「だ、誰か」

「た、助けてください」

 私たちの叫びは誰にも届かず、やがて全身が溶けて温泉に飲み込まれた。

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