第76話 久しぶりのリアル

        久しぶりのリアル



 俺は瞬時に理解した。


 うん、この女性ひとが泉希だ!


 薄緑の、介護用の服に身を包み、布団は被っていない。

 すると、ヴーと、音がしてベッドの上半身が起こされていく。

 更に、ベッドが丸ごと回転して、こちらを向いた!


 はっきりと顔が見えた!


 髪は肩までありそうな、漆黒のストレート。頬骨が少し浮き出ていて、目の周りも少し窪んでいるように見える。身体も、服の上からでも明らかに痩せこけている。腕は針金のようだ。確かにこの姿はあまり見られたくないという気持ちが理解できる。だが、バランス良く配置されているパーツから、元はかなりの美少女だっのたろうと思わせられる。

 そして、左目には、片眼鏡が嵌められており、喉元からは透明なチューブ。後、脇腹からも複数のチューブが覗いている。


 泉希は目線だけをこちらに向け、全く動かない。いや、動けないのだろう。

 口元がもぞもぞ動いた気がするが、音は聞こえない。

 良く見ると、右手の平がタブレットのような物の上に置かれていて、指先だけがせわしなく動いている。片眼鏡には、小さな文字が流れて行く。


「もう分かったと思いますが、シンさん、彼女が生田泉希いくたみずきさん。そう、ローズバトラーさんです。あ、彼女も貴方に気付いたようですね。現在、そのモニターに映っているのは、カメラを搭載した小型ドローンによる映像です。そして、そのドローンを操るのが、そのコントローラーです。左スティックがカメラの……」


 新庄が説明してくれるが、俺は既にそれどころでは無い!

 モニターに近づき、食い入るように見る!

 モニターの付属スピーカーから声が流れた。


「初めまして。シンさん。私が生田泉希です。」


 女バージョンの人工音声だ。

 ふむ、タブレットで入力した内容が音声変換されているのだろう。


「泉希! 聞こえるか?! 俺だ! シンだ! 八咫新やたあらただ!」


 再び泉希の指が動く。


「はい、聞こえていますよ。私のシンさん。いえ、アラタさんですね。」

「うん、良かった! あ、そうだ。今更だけど初めましてかな。そ、その、これからも宜しくお願いします。」


 俺はモニターの前で頭を下げた。


 そこに、更に声が入る。


「あつ…いえ、お義姉さん、この個室でいいのよね?」

「ええ、アラちゃんはもう見ていると思うわ。さあ、ごたいめ~ん!」


 カオリンと姉貴の声だ!


 久しぶりに聞いたリアルの声!

 勝手に涙が溢れる。

 アバターのくせに、余計な機能付けやがって!


「泉希ちゃん、入るわよ~。そして、紹介しま~す。この人が貴船香きふねかおりさんで~す!」

「初めまして。宜しくね、泉希ちゃん。あたしの事は、香姉さんか、カオリンでいいわ。」


 泉希の眼が大きく見開かれる!

 タブレットに添えられた指先が高速で動き出す。


「初めまして。私が生田泉希です。こちらこそ宜しくお願いします。じゃあ、今まで通り、カオリンと呼ばせて頂きますね。」


 う~ん、確かに貴船さんは、リアルの友人からカオリンと呼ばれているようだが、本当にこいつ、そこまで設定を同じにしなくてもいいだろうに。


 視界に二人の後ろ姿が入り込んで来る。


 一人は黒髪ショート、身長160cmくらいの白衣姿。

 ふむ、これがNGMLでの制服なのだろう。

 そう、俺の姉貴だ。


 もう一人は、茶髪ポニーでこれも身長160cmくらい。真っ黒なスーツ姿だ。

 ふむ、こいつは泉希に初対面と言う事で、正装してきたようだ。

 俺の恋人、貴船さんだ。


「あ、泉希ちゃん、楽にしてね。それで、あつ…いえ、お義姉さん、そこに置いてあるドローンがシン、いえ、新あらたさんですよね?」

「あ~、もう敦子あつこでいいわ~。そうよ。そのドローンのカメラとマイクが捕らえた映像と音が、今、アラちゃんの部屋に流れているわ。」


 おわ!

 いきなり視界が変わった!

 ドアップの貴船さんの顔が迫る!

 こんな間近で彼女の顔を見たのは初めてだ!


「シン、いえ、新さん。リアルの私は久しぶりでしょ? どう?」

「う~ん、どうと言われても。貴船さんは貴船さんだ。相変わらず美人としか? あ、今日はスーツなんだな。に、似合うと思うぞ。後、俺の事もシンでいい。」

「そ、そう? じゃあ、シンもあたしの事はそ、その……」

「その?」

「か、かおりと呼び捨てにして下さい。」


 香の顔が真っ赤になった。

 まあ、付き合っているんだし、お互い呼び捨ては当たり前か。

 しかし、その表情はかなりそそられる。

 リアルなら間違いなく抱きしめているところだ。


「わ、分かった。それで香、これからどうする? 俺もリアルの君ともう少し話したいところだけど?」

「アラタさん! 私とも話して下さい!」


 再び響き渡る人工音声。


「うん、勿論泉希ともだ。だけど、その前に、このドローンを自分でちゃんと動かせるようになりたいな。うん、少し練習させてくれ。」


 俺は新庄の説明を思い出す。

 ちゃんと聞いていなかったが、何、こんなもん、昔のラジコンだろう。

 俺はジョイスティックを適当にいじってみる。


「ちょ、ちょっとシン! いきなり動かさないでよ!」


 モニターの画像が激しく揺れる!

 げ!

 このポジションは…! 

 ベストすぎるだろう!


 香の胸元がドアップになった!


「は~い、じゃあ、アラちゃんは少し向こうに行きましょうね~。スタッフを紹介するわ。ドローンの訓練はそこでするわよ~。香ちゃんと泉希ちゃんは、そこで話していてね。あ、終わったら、香ちゃんはさっきの部屋ね。」

「はい、お義姉様。」

「はい、敦子さん。じゃあ、シン、また後でね。」


 ふむ、姉貴が気を遣って二人きりにさせたのだろう。

 俺も二人の顔が拝めてもう満足だ。

 うむ、いい角度だった!



 姉貴に抱きかかえられた俺の視界は廊下を進む。

 ふむ、まさに病院だな。手摺のついた清潔感溢れる幅広い廊下だ。

 道中、姉貴が色々と説明してくれる。

 あの、ホースのいっぱいついた機械は、やはり泉希の生命維持に関わるものらしい。なので、彼女が移動する時は、かなり大変とのことだ。


 かなり歩いて、建物が変わったようだ。

 普通のオフィスビルのような廊下になる。

 ふむ、こっちがNGMLのメインの施設だろう。

 それで、さっきのが附属病院と。



 一つの部屋に入ると、モニターとPC、そして配線だらけの、少しゆったりめのオフィスルームだった。席は5つ。そして、見知らぬ顔が二つ。


 一人は、髪の毛がぼさぼさで、無精髭が目に付く、眼鏡をかけた高身長の白衣の男。年齢は20台前はといったところか? 頭にヘッドフォンセットを着けている。

 もう一人も白衣姿だ。丸顔で、短めの髪を真っ白に染め上げた女性。かなり童顔なので、はっきり言って、顔と髪形が似合っていないと思う。彼女も20台前半だろう。


 ぼさぼさ男の口元が動くと、またいきなり頭に声が響く!


「ようこそ、NGMLシステム管理部へ。今、シンさんの目の前に居る、冴えない男が私です。」


 まあ、予想はしていたが、こいつが新庄と。

 しかし、自分で自分をそう卑下しなくても。ちゃんと髭を剃って、髪を整えれば、少し気弱そうな印象はあるが、冴えないと言う程でもなかろう。はっきり言って、俺とどっこい。身長がある分、新庄に軍配が上がるだろう。

 そして、新庄の無精髭の原因には、俺が大いに関与しているのが解るだけに、ちと心苦しい。



 今度はモニターから声がする。


「初めまして、シンさん。いえ、ここでは八咫さんですね。はい、私が桧山です。いつも見せつけてくれますよね~。私へのあてつけですか?」


 おわ! しっかり根に持たれている!


「は、初めまして。そ、その、俺からはあまりしていないと、お、思うんですが?」

「あ、そうでしたよね。でも、ここで一番シンさんの事を見ているのはこの私ですよ? わ、私にも……」

「は~い、桧山ちゃんも、これ以上ややこしいのは勘弁だから、そのくらいにしてあげてね~。じゃあ、新庄ちゃんが色々と説明してくれるから。アラちゃんは聞きながら、そのドローンの訓練でもしてなさい!」


 ふむ、姉貴の奴、臨時採用のくせに、既に完全に仕切っているようだ。

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