ふとん敷き婆

アルキメイトツカサ

ふとん敷き婆

 周知の事実だが、霊場である熊野の山々を擁する和歌山は妖怪大国である。


 こんにゃく坊、ダル(ひだる神)、桂男、高女、ナカドボウ、肉吸い、カシャンボ、丹鶴姫などの妖怪の名は誰もが耳にしたことがあるだろう。


 妖怪たちは漆黒の闇の中で生き、ときには人里に現れては人々を怯えさせ、あるいは戒めを与え、人々とある種の共存関係を結んでいた。

 しかし、科学が発展し、一晩中闇を照らすことのできる明かりが家々に浸透したころ、妖怪の目撃例は激減してしまう。絶滅危惧種となってしまった妖怪は、もはや文献の中の存在と化してしまったのだ。


 だが。

 それでも。


 都市伝説として、この近代に新たに生まれた怪異が確かに存在するのである。



 和歌山県那智勝浦町。

 熊野三山の一つ、熊野那智大社が鎮座するこの街にも都市伝説は存在する。

 標高約500mの熊野那智大社へ参拝するためには、山道を進まなければならず、そのルートは主に二つある。


 一つは熊野古道の一部であり、和歌山出身という設定の某アイドルゲームのキャラクターのイラストにも描かれたことで有名な大門坂である。熊野那智大社へ約1km。樹齢500年以上もある杉並木に囲まれながら、苔むす石の階段を登れば、悠久の大自然の息吹を感じることができるだろう。大門坂の入り口近くには南方熊楠が滞在していた旅館跡があり、さらに入り口前の茶屋では平安衣装の貸し出しも行っている。石段を登りきった開けた場所にはかつて仁王像の立つ大門があり、これが大門坂の名の由来となったようだ。さらに進めば、陰陽師安倍晴明にちなむ史跡「晴明橋の石材」がある。かつて那智の山を訪れた安倍晴明。彼が結んだ庵の近くに造られた橋の石材が移動されているのである。数々の有名人の伝説も残り、神秘的なパワースポットの一つとも言える大門坂。だが、高垣楓も南方熊楠も安倍晴明も、本筋の都市伝説にはまったく関係がない。


 熊野那智大社へのもう一つのルートが県道46号線である。当然ながら、人ではなく車が通る道もあるのだ。

 カーブが連続し、たいへん酔いやすいこの県道こそが都市伝説の舞台なのである。


 今から30年以上前、昭和も終わろうとしているころのことだ。

 夜中に県道46号線の九十九折を、バイク乗りが気持ちよく走っていた。当時はバブル期であり、バイクブームの真っ盛り。履歴書の免許欄に「自動二輪」が目立っていたころだ。

 バイク乗りは旅先で仲間を見つけると手でピースサインを掲げ、意気投合し各地を走り回るツーリング族でもあった。

 そうして彼らがツーリング先として目を付けたのが、この大門坂隣の県道46号線だったのである。自然の恵みを受け、さらにバイクを傾けさせる絶妙なカーブは心地良く、吹く夜風も魂を洗うかのようで充足感に満たされたことだろう。かくして県道46号線は、すっかりツーリング族の穴場となった。多くのバイク乗りが集まっては、夜な夜な九十九折を猛スピードで、流行の歌を口遊みながら登っていく。熊野古道は蟻の熊野詣と呼ばれることもあるが、バイク乗りたちにとってはこの県道こそが聖地となったのだ。


 そして、その聖地で〝それ〟は姿を現す。


 バイク乗りがいつものように県道を走っていると、ヘッドライトが異常を照らした。「ウワッ!」とバイク乗りは慌てて急ブレーキ。


 はたして彼らが目にしたのは――


 鹿か。

 猪か。

 雉か。


 いや、人であった。


 それも、八十歳を超えているような、老婆であった。

 みすぼらしい着物を身に纏った老婆がのっそりと県道に姿を現したのだ。

 慣れ親しんだ県道に突如現れた老婆に驚くバイク乗りたち。そんな彼らをさらに戦慄させたのは、老婆の行動である。


 老婆は、丸めた布団を背負っていた。

 そしてゆっくりとした動作で老婆は背中から布団を下ろすと、おもむろに道路の中央に敷き――

 そのまま寝てしまったという。

 なぜ、山の中の道路に老婆が現れたのか。

 なぜ、布団を敷いてそのまま寝てしまったのか。

 謎が多い中、バイク乗りは「もしも~し?」と声をかけるが、一向に老婆に起きる気配はなかった。

 仕方なくバイク乗りたちはその夜のツーリングを切り上げ、引き返すこととなった。


 次の夜、バイク乗りたちは県道を訪れたが、またしても布団を敷いた老婆と出くわしてしまい、ツーリングを中止する羽目になってしまった。


 別の日も、そのまた別の日も。


 バイク乗りたちの前に老婆が現れてしまい、ついには気味の悪さから県道でツーリングすることを諦めてしまったという。

 ツーリングを楽しみたかったバイク乗りたちの一部は老婆の正体を突き止めようと、周辺の集落で聞き込みを始めたが、誰も彼もが首を横に振る始末。

 正体不明。まさに近代の怪異。

 バイク乗りたちの間でこの老婆は「ふとん敷き婆」と呼ばれ、昭和最後に現れた妖怪――都市伝説となったのである。


 さて、この「ふとん敷き婆」の恐ろしい話は、出現した場所がこの県道だけに留まらないという点である。

 インターネット上で「わかやま妖怪マップ」を作成したわかやま妖怪研究会や「ニュース和歌山」の情報によると、「ふとん敷き婆」は時同じくして和歌山市深山にある「人と自然のふれあい公園」という森林公園近くの林道でも出没したのだという。そこでも、ツーリング中のバイク乗りたちの前に現れ、堂々と布団を敷いて、そのまま眠ってしまったらしい。


 遠く離れた場所でも現れた「ふとん敷き婆」――

 はたして彼女は何だったのだろうか。

 妖怪は人間と自然の中で共存できるかどうか試す場面で現れることが多いと聞くが、静かであるべき山の中を騒々しく走るバイク乗りたちに対して怒りを覚えた自然の使いだったのだろうか。

 または、緑豊かな県道を走ることに躊躇いを感じたバイク乗りたちが生み出した集団幻覚だったのだろうか。

 それとも単に人々をからかおうと現れた物好きだったのだろうか。

 今宵も「ふとん敷き婆」は夜の闇に溶け込み、道行く人々の前に現れるかもしれない――


 なお、道路の真ん中で布団を敷く行為はれっきとした道路交通法違反であり、処罰の対象となるため、絶対に真似をしないでください。



【参考サイト】

「わかやま妖怪マップ」

「ニュース和歌山」

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