第6話

――西暦2035年7月第3週 土曜日 深夜2時半頃――


 30分にも及ぶマツリ徒党パーティvs地獄の番犬ケルベロスの戦いは終結を迎えようとしていた。


「よっし、マツリ! 隠し業【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】を頼む! トドメに俺が【信仰への回帰リターン・フェイス】を残ったお供にぶちかますっ!」


「わかったわ! あたしの入力は【石の神舞ストン・ダンス】、そして隠し業【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】よっ! デンカ、入力を間違わないでねっ!」


 マツリは入力受付時間10秒の間に、2つのコマンドを入力し終えるのであった。対して、デンカは回復行動を捨て、【斧槍ハルバート:5連撃】を地獄の番犬ケルベロスへ。そして破戒僧正の隠し業である【信仰への回帰リターン・フェイス】を地獄の番犬ケルベロスのお供にターゲットを合わせ入力を完了する。


 入力受付時間終了後、ターンが開始される。まず、先手を取ったのは一番ウエイトが軽い従者:ヤツハシであった。ヤツハシは地獄の番犬ケルベロスに向けて、相手の攻撃を1回分、強制的にキャンセルするスキル【痺れ団子】を発動する。


 地獄の番犬ケルベロスは神話系モンスターでありながら同時に動物系モンスターであるため、【痺れ団子】に対する耐性がめっぽう弱い。【痺れ団子】を喰らった地獄の番犬ケルベロスはまんまと、行動を1回分キャンセルされることになる。


 しかし、ノブレスオブリージュ・オンラインにおいて、こういった行動阻害系スキルは連続では決まらない。1度、行動阻害系スキルが決まると、決まった相手には【阻害耐性】の状態付与がされてしまい、その相手が2回行動を終えるまでは行動阻害系スキルは必ず無効化されることになる。


 だからこそ、従者:ヤツハシの行動は、この戦闘を終わらすための合図であったと言っても過言では無かった。


 全体炎の息吹をキャンセルされた地獄の番犬ケルベロスの後ろに続いて、従者:ダイコンの鍛冶屋スキルである【罵倒】が発動する。スキル【罵倒】は単体のターゲット固定【挑発】とは違い、2体まで同時に強制的に自分へとターゲットを固定できるスキルだ。


「よっし! お供は釣り切れなかったが、地獄の番犬ケルベロスはタゲ固定が成功したぞ!」


 デンカが思わず、喜色を込めた声でそう言ってしまう。ボスNPCは体力を削れば削るほど、その攻撃パターンだけでなく、それ自身の攻撃力、防御力まで上がってしまうことが多い。だが、ボスNPCのお供は体力が削れても、そういった恩恵をシステム側からは与えられておらず、もし、お供の攻撃が従者:ダイコン以外の誰かに漏れても、戦闘不能にまで陥ることはほとんど無いのであった。


 続けざまに、マツリがスキル石の神舞ストン・ダンス】を発動し、自身の土属性値を大幅に上げることに成功する。


「あたしの石の神舞ストン・ダンスも問題なく発動したわっ! デンカ、ちゃんと地獄の番犬ケルベロスに5連撃を全段、当てなさいよっ!」


「わかってらっ! 俺のここ一番の引きの良さを見やがれってんだっ!」


 マツリの後、地獄の番犬ケルベロスのお供が最大体力の低い従者:ヤツハシに向かって【噛みつき】をおこなう。だが、そこで従者:ダイコンの自動発動スキルである【守護】が発動し、ヤツハシに代わり、ダイコンが地獄の番犬ケルベロスのお供の【噛みつき】を喰らうことになるが、ダイコンは鍛冶屋であり、防御力はヤツハシの2倍強もある。地獄の番犬ケルベロスのお供の攻撃はダイコンに500しかダメージを与えられなかったのだ。


 これはさすがにもらっただろっと思ったデンカであったが、このターンの最後の攻撃でデンカの【斧槍ハルバート:5連撃】が4段までしか決まらなかったのである。


 連撃系スキルは多段攻撃のため、途中で相手に回避され、コンボが中断してしまう恐れがある。だが、そのリスクに見合った分のダメージボーナスが期待できるのだ。


「ちっ。5段全部決まってりゃ5500ダメージは頂いてたってのに、4000ダメージ止まりだぜ……。すまねえ、マツリ、あとは任せたっ!」


 今までの地獄の番犬ケルベロスとの戦闘から推測するに、地獄の番犬ケルベロス本体の残り体力はマツリの隠し業でギリギリ全部削れるかどうかの怪しい残り方をしていたのであった。


「まったく、何が俺の引きの良さを信じろよっ。良いわ。あたしの隠し業で削り切ってみせるわっ!」


 1ターン目が終わり、続けて2ターン目へと戦闘は突入する。


 まず動いたのは、従者:ダイコンであった。ダイコンは【石の鎧ストン・アーマ】を発動し、大幅に自身の防御力を上げる。石の鎧ストン・アーマは重ね掛けをおこなうことで、自身の防御力を2倍、3倍、4倍、そして最大5倍にまで引き上げることは可能ではあるが、その状態維持をするのがノブレスオブリージュ・オンラインに慣れた上級プレイヤーであっても非常に難しい。


 その行動を読んだかのように、従者:ダイコンの次に動いたのは地獄の番犬ケルベロスのお供であった。お供は行動阻害系スキル【痺れ噛み】でダイコンを攻撃するのであった。


 ダイコンはまともに【痺れ噛み】を喰らってしまう。さらには追い打ちをかけるように、地獄の番犬ケルベロスが自身の攻撃スキルで最もダメージを叩きだす【踊り食い】をダイコンに喰らわせる。


 痺れ状態で防御力が半分に減ってしまったデンカの従者:ダイコンの胴体に噛みついた地獄の番犬ケルベロスは、そのダイコンを一度、宙高く放り投げる。その後、自分の大きく開いた口の中に落ちてきたダイコンをその3つある口の中で十分に噛み砕く。


「うっわ。えげつないわね。ボスNPCの最強スキルによって戦闘不能になった時に起きる特別演出って……。あんなにぷくぷく太って可愛らしかったダイコンが、血だるまになって、地面に吐き捨てられてるんだけど……」


 ノブレスオブリージュ・オンラインのボスNPCには、こういった軽い残虐表現を含めての特別演出が設定されているモノがいる。地獄の番犬ケルベロスの場合は、【踊り食い】で戦闘不能になったキャラに対して、この演出がなされるのである。


 もちろん、VR対応ゲームなだけはあり、プレイヤーが喰らった場合は地獄の番犬ケルベロスの鋭い歯に自分の身を散々に噛み砕かれる錯覚に陥ってしまうのである。


「あたし、出来るなら、特別演出でも、身体を噛まれまくるのは勘弁してほしいかも……」


 マツリが少し気持ち悪くなりながら、そう言うのであった。


 地獄の番犬ケルベロスの特別演出が終わった後、次に行動を開始したのは、マツリの従者:ヤツハシであった。ヤツハシはスキル【応急薬】を使い、体力が減っていたデンカを癒すのであった。その回復量は1000程度であるが、長期戦に陥った場合は、回復量に若干不利な破戒僧正の居る徒党パーティだとありがたいモノである。


「あれ? あたしの予想だと、ヤツハシはあたしを回復する予定だったのだけれど? もしかして、ヤツハシってデンカのことが好きなのかしら?」


「そんなの知らんわ。それより、盾職が倒れちまったんだ。マツリ、決めてくれよっ!」


 デンカの言いの後、マツリの行動が開始される。マツリの前方5メートルの地点に直径6メートルの雷を纏った黄色い魔法陣が地面に描かれる。その魔法陣から土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴンが召喚され、そのまま宙に舞い上がる。


 そして、その顎を大きく開き、口内で眩い轟雷が発生する。土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴンの口から飛び出した幾千もの雷が地獄の番犬ケルベロスの身にまっすぐ突き刺さっていくのであった。


『ウオオオオーーーオオオン!!』


 それが地獄の番犬ケルベロスの断末魔であった。マツリの隠し業により6万近くのダメージを喰らった地獄の番犬ケルベロスはその残り体力の全てを失い、戦闘不能に陥るのであった。


「よっし! よくやった、マツリ! じゃあ、最後は俺の【信仰への回帰リターン・フェイス】で、この長かった戦闘も終わりだっ!」


 デンカの手に持つ斧槍ハルバートに逆巻く水が具現化される。そして、デンカは逆巻く水が纏わりついた斧槍ハルバートを自身の頭上に持っていき、ぐるぐると両手を使い横方向に回転させる。


信仰への回帰リターン・フェイス発動だっ! 聖なる水を纏った斧槍ハルバートを存分に味わうんだなっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る