第5話 雰囲気

 一方の勇人は学園の敷地内をチェックしていた。

 敵も陽菜の行動を把握しているはずだ。

 何かしらトラップを仕込んでいてもおかしくはない。

 幻想種関係が仕掛ける術ははっきり言って見つけるのは容易い。

 人間の持つ五感と霊感などの第六感を合わせると霊脈を感じ取ることができる。

 霊脈とはこの世界を流れる霊的エネルギーとでも呼べば良いだろう。

 術を使用するにはこの霊脈からエネルギーを借りることで発動できる。

 仮に罠に関する術を設置している場合霊脈の乱れや淀み、穢れとなる。

 前回の天津邸の術を感知したのもこれだ。

 その乱れや淀みの大元を見つければ解決できる。


「そう思っていたんだがな」


 外からでは分からなかったがこの学園は想像以上に淀んでいた。

 原因はいくつか考えられる。

 一つは土地柄的に溜まりやすいこと、もう一つは人間の負の感情だ。

 生者にしろ死者にしろそこから溢れ出る怨嗟は霊脈を淀ませる大きな原因だ。

 人が集まる場所にはそれ相応に穢れが溜まるものだがこの学園は異質だ。

 恐らく超競争社会に生き残れずあぶれた者達がその思いをぶつけているのだろう。

 そこかしこで怨念が溢れている。

 このまま放置すれば幻想種の巣窟になりかねない。

 いや、むしろこの状態で保たれていることが本当に奇跡だ。

 ニトログリセリンもかくやと言えるほどちょっとした出来事で暴発してしまう。

 なんらかの形でガス抜きしないとこうはならない。

 一体誰が?

 そう思っているとわずかだが淀みが薄まった気がした。

 確認すると体育館のある方角から浄化されていた。

 気味が悪いほどに美しく清廉な光が淀みを浄化しているのがわかる。

 この光を勇人は覚えている。

 あの日、彼らの未来を狂わせ運命を決定付けた。


「クソが……」


 忘れようのない忌々しいものに悪態が自然と漏れる。

 しかし、ここで油を売っていても何も変わらない。

 とりあえず、応急処置と本部に連絡だ。

 勇人は淀みが溜まらないようにする術の準備を始めた。


           ******


 勇人が作業をしている頃、舞は既にグロッキーになっていた。

 原因はこの学校の雰囲気だ。

 今日、舞は転校生として紹介された。

 普通、転校生が来た場合多くの生徒は好奇の目で見てくる。

 しかし、この学校では違うのだ。

 退学率ワーストの超競争社会であるこの学園では周りは皆蹴落とすべきライバルなのだ。

 やらなきゃやられる。

 そんな世界の住人にとって転校生である舞は好奇ではなく値踏みの対象なのだ。

 こいつは自分のライバルになり得るのか? 

 自らを脅かし蹴落とす存在なのか?

 そんな敵意と恐怖丸出しの感情が痛いことこの上ない。


『私は仕事の為に来ただけで皆さん邪魔をしません!』


 そう言えればどんなに楽か。

 陽菜のいるクラスはその辺がまだ薄いが一歩教室を出れば一変する。

 友人同士の会話なのに目が笑っていない。

 交際している思われる男女なのにどこかギスギスしている。

 少なくとも中間試験の前までにはこの学園からオサラバしたいですね。

 彼らと競う気のない舞にとって比べられるのは余計な火種になりかねない。

 幸い総一郎の計らいで学校側から一定の配慮を貰えるので大丈夫だとは思うが……。

 それでも何が起こるかわからない以上目立たずひっそりと去りたいのが本音だ。


「舞さん、大丈夫ですか」


 顔を上げると陽菜が心配そうに見つめている。


「いえ、大丈夫ですよ。陽菜ちゃんはどうしました?」

「これから構内を案内しようと思っているのですが、お時間大丈夫ですか?」


 一応、学校の間取り図は貰っているし内容は頭に入っている。

 しかし、自分の目で見ておくことは大事なことだ。


「わかりました、お願いします」


 陽菜の好意を受けることにした。

 教室の外に出ると生徒が何人か陽菜に声をかけてくる。

 それに応える陽菜の姿はとても優雅だ。

 見れば見るほど不思議ですね。

 朱に交われば赤くなるという言葉がある。

 人間の生き方や考え方は環境に大きく影響する。

 この学園にある過度な競争意識は多感な十代に与えるものはとても大きい。

 誰も彼もが疑心暗鬼を抱く中で陽菜だけは違った。

 朗らかで優しくて純真。

 絵に描いたような純粋培養なお嬢様はこの学園にとっては場違いである。

 そんな異質で異物のはずの彼女がこの学園に溶け込んでいるのは不思議だ。

 いや、溶け込んでいるのではない変えているのだ。

 現に声をかける生徒たちも妙なギスギスした雰囲気はなく穏やかで年相応の顔を見せている。

 それは彼女に所属するクラスでも顕著に現れている。

 皆、仲良く。

 そんな御伽噺のようなことをリアルで体現できる。

 現代の聖女、生ける天使だとかそういうことがこの年で無自覚で行っていることが末恐ろしい。

 もし、この子が野心を抱いて成長したらと考えると洒落では済まないので舞はやめた。



 いくつかの施設を案内されて辿り着いたのは生徒会室だ。

 中に入ると会議用の長いテーブルとパイプイスにホワイトボードがあるだけの殺風景な部屋だった。


「元々、部活動の予算会議とかにしか使わないのでちょっと寂しい感じなんです」


 本当はお花とか飾れたら良いんですけどね。

 陽菜は不満げながら笑いながら言った。


「会長、勝手な模様替えは感心しませんよ」


 振り返るとそこにはそこには一人の女生徒が立っていた。

 眼鏡から映る切れ長の瞳にボブカット。

 姿勢の良い立ち方から出来る女を思わせる。


「あら、千鶴ちゃん。どうしたの?」

「少し野暮用で……って、ところでこの方は?」

「転校生の篠原舞です。天津さんに学校を案内してもらっています」

「初めましてこの学園の副会長を務めております、佐伯千鶴です」


 見知らぬ生徒がいることに対する警戒感からか棘のある挨拶だった。

 ただ、今までの生徒と違い値踏みする感じではない。

 それでも、ジロリと睨まれている感がある以上好意的とは受け取ることは出来ない。


「会長はこの後もこの方を案内するのですか?」

「えぇ、そうよ」


 陽菜が微笑を浮かべて肯定すると、千鶴はより鋭い目つきで一瞬こっちを睨んできた。

 何か悪いことでもしましたかねぇ?

 身に覚えのない敵意にたじろぐ舞だったが、千鶴はそれを尻目に思案し口を開く。


「でしたら、私も同行させてもらいます」

「え?でも、生徒会室に用があったんじゃ……」

「別にたいしたことではございません。ただ、会長だけでは心配ですから」


 いや、別に私は陽菜ちゃんだけでけっこうだから。

 これ以上面倒な人間との付き合って時間を使うのは正直今の舞には苦行でしかない。

 表情にこそ出さなかったが、陽菜はそんな舞の気持ちを察してかちらりとこちらを見る。

 本当は全力で拒否したいところだが、大人である舞はそれをおくびにも出さず笑顔で了承した。


「わかった。じゃあ、お願いするね」


 千鶴は当然ですと言わんばかりに眼鏡を指で押し上げる。


「いつも気遣ってくれてありがとう、大好きだよ千鶴ちゃん」

「ふ、副会長として当然のことをしたまでです」


 満面の笑みの陽菜に、千鶴はトマトのように真っ赤な顔を背けた。

 あぁ、そういうことか。

 その姿を見て舞は彼女の内面についてだいたいわかってしまった。

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