第4話 黄昏時

 それからは穏やかな時間が続いた。

 衣服やアクセサリーのウインドウショッピング、クレープの食べ比べ、映画鑑賞。

 それはどこにでもある友人同士のやり取りだった。

 それを邪魔する存在も覗き見する存在もいない。

 それが不気味に思える。

 まるで、夕立の降る前の青空の様だ。

 これは一体どういうことだ?

 気づけば日は暮れ、空は茜色に染まっていた。


「お待たせしました」

「終わったのか?」

「はい」


 用がないことを確認した勇人は迎えの車を要請した。

 車に乗ってからは陽菜からの取り留めのない一方的な話だった。

 友達がどうだったとか、買ったアクセサリーとか、途中で食べたクレープの味とか。

 それはまるで旧友と再会し互いの旧交を温めようとしているかのようなだった。

 満面の笑みを浮かべ話に夢中になっている陽菜に対して、勇人は適当に相槌を打つ。

 彼女の話を右から左に聞き流しつつ刺客について考える。

 屋敷に入った時に監視関係の一切を潰した。

 これだけあからさまな挑発だ。

 気づいていないということはないだろう。

 慎重になったのか?

 それでも使い魔や式神や結界などの偵察ぐらいは寄越すのが常道だ。

 連中からしてもそれらが壊されたぐらい大した被害ではない。

 また、用意すればいい。

 少なくとも一度のことでやめるのは不自然だ。

 それとも、こちらは考えすぎで相手はとてつもなく間抜けなのか?

 考えても結論は出ないな。

 戻ったら篠原と情報交換をしなければ。


「あの空木さん」

「どうした?」

「もしかして、ご迷惑でしたか?」


 どうやら、適当な返事をする勇人を見て気を使わせてしまったようだ。


「別にそう言う訳ではない。ただ、俺のような奴にそんな気安く話しかけれるんだ?」


 自慢でも自虐でもないが勇人は自分の容姿、言動が完全に強面のチンピラであることを自覚している。

 子供や一般人は怖がるし、権力者は煙たがる。

 自分から近づいてくるのは分を弁えない馬鹿だけだ。

 少なくとも陽菜のような普通の少女がこうやって話しかけてくることはない。

 勇人の質問に陽菜は少し思案してから口を開く。


「わかりません」

「はぁ?」


 陽菜の屈託のない笑顔に勇人は顔をしかめる。


「お前はわからない奴にそんなに心許すのか?」

「そうですね、変な話かもしれないですけど、貴方は心優しく絶対に信頼できる。私の中の何かがそう断言してくれるんです」

「それはお前が俺の護衛対象だからだ」

「そうかもしれません。でも、こういう時の直感には私ちょっとだけ自信あるんです」


 いたずらっぽく微笑む陽菜と頭を抱える勇人。

 絶対に信頼できる。

 今日初めて会ったはずの彼女から出たその言葉が彼の心を揺さぶる。


(お前は俺のことを覚えているのか?)


 口に出したい思いが喉をせり上がろうとしてそれを飲み込む。

 落ち着け、アイツの言動を思い出せ。

 ここまでのアイツの行動にあの頃に関わるようなことを言ったか?

 そう言い聞かせると自然と平静を取り戻せた。

 こいつは俺を忘れていない。

 しかし、思い出してもいない。

 なら、問題ない。

 この事件をできるだけ早く解決し、こいつから離れること。

 思い出なんていらない。

 ただ俺はこいつの盾であり敵を喰らう捕食者であればいい。

 小さく息を吐き陽菜の方を見ると窓にもたれ掛かり目を閉じ寝息を立てている。

 遊びの疲れと車の振動が眠気を誘ったのであろう。

 勇人個人としてはこれ以上会話しているとどんなぼろを出すかわからないのでこうして静かにしてもらえると非常に助かる。

 屋敷の到着までの間は勇人にとっては穏やかな時間が流れる。

 できればこんな時間がずっと続いて欲しいとそう願いつつ車は屋敷の敷地に入った。

 車の外に出ると日はほとんど沈んでいた。

 とりあえず、殺気や視線等は感じない。

 差し迫った危険はないが念のため感覚を研ぎ澄ませておこう。

 感覚範囲を半径約十キロに設定。

 この距離なら例え何が来ようと陽菜を逃がすだけの対処はできる。

 勇人は自ら降りたドアの反対側に回り込み静かにドアを開ける。


「おい、着いたぞ」

「……あ、もうそんな時間ですか……」


 陽菜は眠い目をこすりながらゆっくりと車から出てきた。

 その体はふらつき、頭は上下に揺れ、足元はふらつき立っているのがやっとの状態だ。

 勇人は彼女が倒れないように体を預ける。


「すみません、この時間帯になるとこうなるんです」

「部屋まで持つか?」

「たぶん……」


 この馬鹿でかいの屋敷の中で、自室まで最短距離まで歩いて持つのだろうか?


(無理だろうな)


 勇人は一つため息をつく。


「失礼する」

「え……わっ!」


 勇人は陽菜の背中とひざ裏に手を回し抱き上げた。

 所謂、お姫様抱っこってやつだ。


「えっと、あの……」

「セクハラ等の抗議は後日受け付ける。倒れて怪我してもらっても困るからな」


(もし訴えられたら俺は即解任だな……)


 この任務から外してもらえるならこちらとしては楽なのだが、それはないだろうと勇人は確信に近いものを持っている。

 陽菜は絶対に信頼できると言った。

 なら、彼女がそう簡単に自らの意思をひっくり返すと思えない。

 現に陽菜は文句を言わず勇人の腕をしっかり掴んでいる。

 沈黙は肯定と受け取った勇人は有無を言わせず歩き出す。

 一方の陽菜は沈みかけの太陽のように頬を染めて俯いている。

 結局、自室に辿り着くまで彼女は文句一つ言わず、出迎えた使用人たちも勇人に何も言ってこなかった。

 怖がって声をかけてこないのかと思っていたが彼らの様子を見るからにそういう感じも見受けられず慣れているみたいだ。

 部屋に入ると既に陽菜は規則正しい寝息をしていた。

 ベットにそっと降ろした勇人は部屋の内装に目を向ける。

 彼女の部屋は異質だった。

 片や小物やぬいぐるみや活字の本がそれぞれの場所にきれいに配置されており、整理整頓もきちんとされている。

 その奥にはグローブにボールと地元の野球チームのキャップ。

 他にも人気の少年漫画や最新のゲームなどが雑多に積まれていた。

 少女らしさと少年らしさがテレビを境にくっきりと分けられている。

 まるで、部屋の主が二人いるかのような状態だ。


「空木様、後は我々にお任せください」


 侍女の一人に促され勇人は黙って部屋を出る。


「や、ご苦労様」


 部屋を出ると舞があっけらかとしたん表情で勇人を出迎えた。


「何のようだ?」

「ご挨拶ね。それが情報交換しようとする私の善意に対する態度かしら」

「ほぅ、それは俺にとって有益な情報か?」

「えぇ、相手が相当高位な幻想種だってことがね」


 舞曰く、現場を検証したときには破壊跡以外痕跡らしい痕跡は残っていなかったらしい。

 大抵の幻想種はその力を使えば何らかの力の痕跡が残る。

 それは砂浜に出来る足跡のように時間と共に消えてしまうが、あれだけ大規模な破壊が行われれば犯人の手掛かりになるような何かは必ず残っている。

 その痕跡をDNA鑑定のようなもので調べれば自ずと正体はつかめるのだが……。


「少なくともたった三日でこれだけ消せるような連中なんて私は知らない」

「手掛かりはなしか」


 一応、屋敷の人間の目撃情報はあるが相手がドッペルゲンガーのような不定形タイプやこの前の牛鬼のような変身能力を持つタイプだった場合、目撃証言など大して意味はない。

 参考程度になれば御の字だ。


「で、そっちはどうなの?」

「五十歩百歩だな」


 勇人はこの屋敷の全体に監視の結界が張られていたこととそれ以降は目立った動きがないことを伝えた。


「張られていた結界から何かわかったことはない?」

「西欧で使われていたポピュラーなタイプであったことだけだな」


 一口に結界や術、魔法といっても国や地域によって効果は同じでも発動させるまでの過程が変わっている。

 これにより相手の地域とかがわかる可能性はあるにあるがこれだけ念入りに自分の痕跡を消す輩だ。

 結界だけ消し忘れたという可能性は低い。

 知識に長けた幻想種ならば自分の地域以外の魔法とか知っていることなど珍しくない。


「そもそも西欧ってだけじゃ地域を絞ったとはぜんぜん言えないのよね」

「つまりは様子見するしかないってことか」

「そうなるわね。ところで、陽菜様はどうしているの?」

「今は自室で寝ている」

「あぁ、そういうことね」

「お前何か知っているのか?」


 得心いった顔をする舞に勇人は疑問をぶつける。


「アンタ、ちゃんと彼女の経歴書読んだの?」


 舞は呆れつつもきちんと説明してあげることにした。


「あの子……天津陽菜にはね。難病にかかっているの」


 それは彼女がこの屋敷に住む前から発症していた。

 日が暮れる頃に強烈な眠気に襲われしばらく眠ってしまうのだ。

 睡眠時間は三十分から一時間と特別長いわけではない。

 原因不明のこの病は健康を害したという報告はないが問題は目覚めた後だ。


「私も俄かには信じられない話だけど、さっきのアンタの話で病気の件に真実味を帯びてきたわね」

「で、目覚めた後はどう変わるんだ?」

「どうって……」


 勇人達の背後のドアが荒々しく開け放たれる。

 ややつり上がった目元が印象的な陽菜に似た少女が彼女の部屋から出てきた。

 長い黒髪を後ろでまとめ野球帽をかぶり、黒っぽいTシャツに青のホットパンツをはいていた。

 活発で男の子っぽい服装をしており昼間の陽菜とは対照的な格好をしていた。


「ああいうのじゃない?」


 舞は面食らいつつ小声でつぶやいた。


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