第2話 目覚めた記憶
沈んでいた私の意識が浮上していく。
浮かび上がるのは意識だけではない。
私の中にあったもの、奥底に眠っていた記憶が蘇っていく。
見慣れた田園風景、一昔前の商店、木造の小学校、緑生茂る里山、青々とした海。
体の弱かった私が療養の為に移り住んだこの村だったが、幼少期から十年近く住めば立派な故郷だ。
そこには大切な人がいた。
両親、兄弟、友達、先生、近所の人……。
「おーい、陽奈ぁ!」
振り返ると三人の少年少女がいた。
彼らはこの村で最も親しかった人達。
天津菜月。
いつも、元気いっぱいで皆のムードメーカーにして私の双子の妹。
ちょっと粗雑な所はあるけどいつも私のそばにいて私を守ってくれた。
体が弱く大人しかった私にとって彼女は憧れだった。
いつも冷静で頭の回転が速くて成績もいつもトップだった。
もう一人の少年とは口喧嘩は絶えなかったけど、同じ野球チームに所属していて試合の時は息ピッタリだった。
私にはいつも優しくて色んな悩みを聞いてくれた。
そして、
何度、思い出したいと願ったか。
私が恋したたった一人の少年。
そして、今私の護衛を勤めてくれている人。
彼は今空木勇人と名乗っているけど、彼が私の思い人であることは間違いない。
身長も体格も私の知っている頃とは全然違う。
でも、見た目がどんなに変わっても面影はあった。
思えば初めて会った時から無意識で彼に気づいていたのだろう。
そうでなければあれだけ心を許していた事に説明がつかない。
こうして、夢の中とはいえ皆に再会できたのはとてもうれしかった。
「皆、会いたかった……会いたかったよ……」
自然と零れた涙が頬を濡らす。
それを見届けた三人は後ろを向く。
「え?」
三人とも私とは反対方向に向かって歩き出していく。
「どこに行くの?」
せっかく会えたのに、やっと思い出したのに。
「ねぇ、皆どこに行くの?」
どうすればいいかわからない私は手を伸ばして叫ぶ。
追いかけても追いかけても追いつける気配がない。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで?
「どうして私を置いていくの!?」
どんどん遠ざかる三人の影を追いかける。
もはや彼らは遠く小さな影になっている。
「お願い待って……私を……一人にしないで!!」
消えていく彼らへの叫びは空しく響くだけだった。
******
目を覚ますと見慣れたいつもの天井が見えた。
――――嫌な夢。
素晴らしい夢だったはずなのに正反対のことを思ってしまう。
思い出と現在の差は涙の跡がくっきりと示している。
ベッドから体を起こし残った涙を拭う。
朧げながら昨日の夜のことを思い出す。
自分を狙うフードを被った人たち。
そこから呼び出された見たことない怪物たち。
それらを屠る勇人の姿。
そして、ロキと名乗った少年。
――あぁ、そうか。
今まで夜のことは全く思い出せなかった。
それが今は少しだけ覚えている。
何が起きたのか、どうしてそうなったのか。
現実感はなく昔読んだ本を思い出すかのように希薄な記憶。
それでも確実なものがあった。
「あれが夜の私」
この屋敷に住み始めた頃、前日には友好的だった使用人が翌日にはよそよそしい態度を取っていた時が何度かあった。
今では慣れたのかほとんど見なくなったが、詳細はほとんど教えてくれなかった。
しかし、昨夜の出来事でなんとなくわかってしまった。
夜の自分の言動。
ひどい話だ。
あれでは周りが困惑するのも無理もない。
それにしても――――
「――――どうして私は菜月なんて名乗ったのかしら?」
自分は陽菜のはずだ。
どうしていないはずの妹の名前を呼んだのか?
疑問はそれだけではない。
思い人である勇人の変貌とロキの存在。
「ううん、ロキじゃない。彼は正輝君だ」
もう一人の幼馴染。
成長してもそれは変わらない。
それがどうしてあんな風に?
昔は穏やかな笑みを浮かべた優しい少年だった。
しかし、今は違う。
虚飾と狂気に満ちた顔をしていた。
少なくともあんな顔をした彼は見たことがなかった。
ロキというキーワードが関係しているのか?
とにかく今はわからないことだらけだ。
服に着替え最低限身だしなみを整える。
鏡で寝癖がついてないか確認し部屋の外に出る。
目的は一つ勇人に会うことだ。
きっと彼はドアの外で待機しているはずだ。
「陽菜ちゃん。目が覚めたのですね」
外にいたのはもう一人の護衛役の篠原舞だった。
周囲には勇人の姿はない。
休憩しているのだろうか?
「えっと陽菜ちゃんどうかしました?」
舞が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫です。それより舞さん、はや……空木さんはどこですか?」
それを聞いた瞬間、舞の顔が曇る。
「舞さん?」
「えっと、そう……ですねぇ」
悩み迷いの表情を浮かべると覚悟を決めた顔をする。
「空木さんはいません。昨夜をもって護衛の任を辞され、正式に受理されました」
突然の出来事に陽菜はまるでハンマーで殴られた衝撃を受けた。
「陽菜ちゃん!」
足元がふらつく目の前が真っ暗になりそうになる。
――――いえ、まだです!
「大丈夫ですか?今医者を――」
なんとか踏ん張ると舞の肩を掴む。
「――――大丈夫です。それより舞さん、おじい様の部屋に向かいます」
確かめないと!
その思いを胸に陽菜は祖父の部屋を訪ねる。
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