第15話 次元龍

 低い姿勢から青年が弾丸のように飛び込む。

 その速さにサタニスト達は虚を突かれ完全にその姿を見失ってしまう。


「奴はどこに?」


 周囲を見回し勇人の姿を探す。


「こっちだ」


 そうして、影も形も見つけられないでいると背後から声がする。

 振り向くと勇人はその手に何かを持っていた。


「ほらよ」


 無造作に投げ捨てられたものに一同は驚愕する。

 それはオーガと数体のゴブリンの首だった。

 巨漢と小鬼が倒れる。

 一瞬の早業だった。

 いつやったのかそれを見ることも感じることもできなかった。

 サタニスト達は自らの認識の甘さを理解する。

 この男は今ここで全力で討ち果たさなければこちらの身が危ない。


「やれッ!殺せぇ!!」


 攻撃命令が下されると化け物たちは一斉に動き出す。

 ゴブリン達は一斉に弓を引く。

 ヒュンヒュンと大量の矢が空気を切り裂く。

 時速数百キロはあろう矢に対し勇人は真っ直ぐ歩いてくる。

 常人なら全身に刺さるはずの矢はまるで装甲車を相手にしているかのように弾かれていく。

 そんな矢を勇人は何本か空中で拾うと。


「ほら、返すぞ」


 手首のスナップだけで投げつける。

 その投げ方は紙飛行機を飛ばすかのような優しい投げ方だった。

 しかし、そのスピードと威力は桁が違った。

 スピードはゴブリンの数倍、威力はゴブリンが人間の脳に突き刺さるレベルに対し、勇人の放った矢はゴブリンの脳を貫通する。

 それだけには留まらず、後ろにいたサタニストの腹部にも矢じりが突き抜ける程の深々と突き刺さった。

 絶命するゴブリンと内臓を損傷し戦闘不能になるサタニスト達。

 この状況に他のサタニスト達は息を呑む。


「く、何をしている!?敵は一人だ、全員でかかればすぐに片が付く!!」


 我に返った全員が襲い掛かってくる。

 幻想種達は遠距離攻撃が効かなかったことから接近戦を挑んでくる。

 まずは馬に乗っていたデュラハン部隊が突撃してくる。

 グラウンドという平地では機動力の高い騎馬の力は最大限発揮される。

 本来なら脅威となる攻撃に対し勇人は動じない。

 地面を殴りつけ大量の砂を巻き上げる。

 視界を覆われデュラハン達は攻撃目標を見失ってしまう。

 その間にその場を離れた勇人に次はゴブリン達が迫る。

 ゴブリン達は一斉に飛び掛かりながら剣を振り下ろす。

 勇人はそれを数歩前に出るとゴブリン達の剣は空しく地面を叩く。

 勇人が前に出た先ではオーガがこん棒や斧を振り上げて待ち構えていた。

 縦に横に斜めに振り下ろされる一撃一撃が常人には必殺となる。

 それを最小の動きで躱していく。

 その合間を縫うようにゴブリンにデュラハン、空からハーピーが強襲を仕掛けてくる。

 ふむ、流石に地上だけでは限界かな?

 一旦距離を取ろうとゴブリンを踏み台にジャンプする。

 しかし、それを待っていたかのようにサタニスト達は魔法を溜めていた。

 おっと、こいつが本命かな?

 発射されようとされるのは火や電撃、氷や土の柱だ。

 流石に勇人でも多少のダメージを受けてしまう。

 そのダメージ自体大したものではないし、いくらでも対処法はある。

 さて、どれを使うか?

 逡巡する勇人の視線の先に一匹のハーピーが滑空している。

 その距離は勇人が手の遥か先である。

 構わず勇人は手を伸ばす。

 イメージするはハーピーとの距離感。

 そこまでの距離を消し目の前にあるものとする。

 これを瞬時に行う。

 掴んだ!

 勇人の伸ばした腕は数メートル離れたハーピーの首根っこを捉える。

 さっと手元に引き寄せるとハーピーも一緒についてくる。

 ちょうど飛んできたサタニスト達の魔法に向けてハーピーをゴミのポイ捨てのように無造作に投げ捨てる。

 爆発音の後に残されたのは憐れな化け物の見るも無残な姿だった。

 よし、準備運動終わり。

 そんなハーピーには目もくれず温まった体を確認する。

 これでいつでもいける。

 対して相手はまだ動揺している。

 このチャンスは逃さない。

 一気に前に出た勇人は手始めとばかりにデュラハンに右ストレートをお見舞いする。

 突き出される拳は馬を粉砕し更に乗っているデュラハンもまとめて消し飛ばす。

 轟音轟く拳圧は後ろにいたサタニスト達を巻き込み吹き飛ばす。


「「「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」


 奇声をあげて飛びかかるゴブリンの群れ。

 振り下ろされる剣には回し蹴りで迎え撃つ。

 側面から来た足はまるで小枝のように剣をへし折ってしまう。

 しかし、ゴブリン達がそれを確認することはない。

 彼らの首もまた勇人の回し蹴りの餌食となっていた。

 吹き飛んでいくゴブリンの頭を尻目に勇人はオーガに襲い掛かる。

 大きくなぎ払おうとするオーガより早く懐に入り左の拳で一閃。

 オーガの巨漢の胴体は粉々にし、その得物を奪い取る。


「お前らにもいいものくれてやるよ!」


 勇人は身の丈ほどある斧をブーメランの要領で投げつける。

 回転する斧は弧を描き空中にいるハーピーは纏めて切り裂いていく。

 それを見送っていると他の幻想種達が取り囲んでくる。

 およそ、半数は撃破したがその戦意は折れていない。


「ん?」


 囲みの隙間からサタニスト達が新たな僕を召喚しようとしている。


「あいつらまだ召喚できたのか?」


 これ以上敵が増えてしまうと厄介だ。

 手間取ってしまえば菜月にまで被害が及んでしまいかねない。


「しゃあない」


 勇人は瞳を閉じて自らの内側に意識を集中する。

 心の奥底にいる獣に語りかける。

 獣はそれに応えるように咆哮する。


「出てこい次元龍じげんりゅう


 勇人は自らの幻想種を告げると彼の影から荒々しき龍が飛び出した。




 次元龍じげんりゅう

 空木勇人が契約した幻想種。

 それは彼の精神、魂の奥底で眠っている。

 時に彼に力を貸し、時に彼の危機を伝える。

 それが彼がかの龍と交わした契約だ。

 そして今、彼からの要請が来た。

 約定に従いし龍は彼の世界から現実の世界に顕現する。

 街灯に照らされた龍の影が蠢きトグロを巻いて飛び立つ。

 龍は確かな厚みと実体を持って勇人の頭上で静止する。

 その龍には目はなく、鋭利で不気味な恐竜のような手に、アフリカゾウを丸呑みできそうな恐ろしげな口。

 その姿は神話に語られる悪魔そのものだった。


「やれ」


 勇人の命令に従い悪魔の龍は狩りを始める。

 いや、それは決してそれは狩りと呼べるものではなかった。

 狩りとは捕食する者とされる者の知恵と能力による生存競争だ。

 しかし、この場合は全く違う。

 手始めに次元龍は目の前にいたゴブリンとオーガを文字通りまとめて一飲みする。

 そのまま空に昇り逃げ惑うハーピーに襲いかかる。

 グシャリと簡単に噛み砕かれるハーピー達を龍は咀嚼しないで飲み込みまた襲う。

 砕かれる鎧、飛び散る肉片、舞い落ちる羽。

 飢餓を満たせぬ怪物はその食欲のままに他の怪物を捕食する。

 もうそれは狩りではなく虐殺だった。

 原型を無くしていく化け物に恐怖するサタニスト達。


「怯むな!物量で押せばこんなものなど――」


 リーダー格の男が鼓舞しようとするがその額に小石が飛んでくる。

 その弾速に昏倒してしまう。


「黙って見てろ」


 勇人は不敵な笑みを浮かべている。

 圧倒的な力の前に成す術なく散っていく化け物たちはどこかのスプラッタ映画のように滑稽だった。

 全てが砂塵と消える頃に残っていたのは腰を抜かしたサタニストだけだった。




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