第14話美智子さん。来る。

14 病床日記(いつか青空)

P 1961.8.11 Friday 熱6.2~6.5

●美智子さん。来る。

●きょうも口数が少なかった。

●もともと、あまりおしゃべりをする性質ではないらしい。

●ぼくの話に耳を傾けてくれる。ぼくは得意になって映画の話をする。そんなことからはじまったデートだった。

●早く元気になりたい。末広館か、東宝でふたりで映画を観たい。

●初デートで観た「名もなく貧しく美しく」。すばらしかった。

●もつとすばらしかったのは、じっと手をにぎりあっていたことだ。

●ぼくの愛する大垣さんがここにいる。そう思っただけで動悸が高鳴った。映画のストーリをよく覚えていない。

●あまり話ができなかった。

●あまり話をしないまま、彼女はかえっていった。心配だ。なにか胸騒ぎがする。

●「なにかあったの」

●ぼくはあまり心配なので、訊いてみた。

●彼女は悲しそうにくびをよこにふるだけだった。

●泣きだしそうなので、それいじょうはいえなかった。質問をくりかえせなかった。

●静かにドアを閉めて彼女は部屋をでていった。

●取り越し苦労だ。恋するあまり、つぎにいつ会えるかと、心配ばかりしている。

●大丈夫だ。彼女はくる。来てくれる。

N 2008.10.19 日曜日

○わたしは47年前の上都賀病院10病棟。530室で不安におののいていた。

○これからどうなるのか。病気は治るのか。

○もっと悪化して菌でもでるようになって、隔離病棟にでも移されるようなことがあれば、もう彼女とはこれっきりに成ってしまう。そうなったら、どうしょうとおののいていた。

○この電脳空間では1961年のわたしのいた病室が、確実にあなたの目前にある。

○どうぞドアをたたき、訪問してください。

○めそめそ恋に悩むわたしがいます。

○時代はめまぐるしく変わった。

○このような変遷が起こるとは、想像もつきませんでした。

○いまでしたらPCで寂しさを不安を紛らわすために小説を書きまくったでしょう。ブログをつけたことでしょう。

○ざんねんながら、あのころはノートに手書きです。

○「彼女が来ない」と書いた文字がにじんでいます。

○寂しさのあまりなみだをこぼしたのかもしれません。

○そんなめめしいわたしの部屋ですが、どうぞまた訪れてください。

○きょうはほんとうにありがとう。


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