探偵属性ですか?

「誰か俺の財布知らない?」


いつもの無駄な朝練を終え、教室に行こうとした時、財布がないことに気がついた俺は、その場にいる三人に、そう問いかけてみた。


三人、とは、いつものアホ二人に加え、たまたま店が臨時休業で遊びに来ている、斎藤さんだ。


「知らないのです。家に忘れて来たのでは?」


五十鈴さんは知らないみたいだ。


「僕も知らないね。ノートパソコンしか持ってない」


坂下さんも知らないらしい。


「私は」


「あぁうん。斎藤さんはいいんだよ」


この金持ちお嬢様が、人の財布に手を出すわけがない。常に懐に何十万と忍ばせてる人だ。


しかし、残りの怪しい二人は、そんな俺の言動に、少し不満を持った様子。


「ちょっと、どうしてなのですか。斎藤さんだって、財布を盗む可能性があるのです」


「そうだよ喜多川くん。誰にでも出来心はあるんだ」


「その通りですわ、喜多川様」


「いや、同意しなくていいよ?」


そもそも俺は、財布をどうしていただろうか。思い出してみる。


持って来たのは間違いない。朝、ここに来る前、自販機でジュースを買ったことを覚えている。その時財布からお金を出した。そして、ポケットに入れたことも間違いない……と、思う。


まぁ、そこで落とした可能性もあるけど……。


「これは、探偵属性の出番なのです」


五十鈴さんは、先ほどまでやっていた、ウエスタン属性で使っていた、おしゃれな帽子を被った。


「私は名探偵五十鈴。見た目はJK、頭脳はおばあちゃんの知恵袋」


決め台詞らしい。めちゃくちゃ語呂が悪いし、印象も良くないけれど、本人が満足そうな顔をしているので、よしとしよう。


「そして僕はその助手、坂下さ」


坂下さんもやるらしい。いや、犯人側が二人削られたら、本当の犯人探しにならないんだけど……。


「じゃあ、私は、犯人をやりますわ」


「趣旨変わっちゃうからさ」


重ねて言おう。斎藤さんだけは絶対にない。


「さて、喜多川さん。誰かに恨みを持たれているとか、そう言った覚えはないですか?」


どうやら取り調べを進めるらしい。五十鈴さんは、いつもとは違うノートを用意している。


でもそれ、警察とかがやるやつじゃない……?探偵って、頭一つで解決している気がするんだけど……。


「ないな……」


「ないですか……。しかし、これはとあるJKの証言ですが、こんなことを言っていました」


「えっ?」


「喜多川さんは、私の誕生日に、何もくれなかったんです」


ぎくっ。と、効果音が大きく響き渡りそうなほど、その件には心当たりがあった。確かに俺は、五十鈴さんの誕生日を忘れていて、プレゼントを渡していない。ねちっこい性格の五十鈴さんなら、恨んでいそうな気はしないでもないが……。


「いや、でもそれならさ、財布盗まなくてよくない?普通に、何か買ってってお願いすればいいのに」


「そうやって、金で解決しようとする態度が気に食わなくて、財布を盗んだのでは?」


五十鈴さんは人差し指で、俺の胸を突く。何回も何回も。


「……僕も、証言を持って来た。これはとある天才コンピュータ女子の証言だ」


天才でもなければ、もはやコンピュータ女子という感じもしないが、とりあえず坂下さんの意見を聞こう。


「喜多川くんは、僕が楽しみに取っておいたプリンを、普通に食べたんだ」


「……」


なにそれ、というのが、率直な感想。


確かに、そんなこともあった。あれは、坂下さんが放課後なかなか来なくて、暇だったとき。


五十鈴さんが、調理室の冷蔵庫から、プリンを持って来たのだ。二人でそれを食べたが、なんとそれは、坂下さんが大事に取っておいた、限定品らしい。


……ただ、調理室に置いていた理由が、人に食べられるか食べられないかのスリルを味わって食べるプリンが一番美味いから、とかいう、変態じみた理由だったので、自業自得ということで、解散にになったはずだけど。


「でも、なぜそれが、財布を盗む理由に?」


「喜多川くん。君はそのとき、彼女にこう言ったはずだ。そのプリン美味しかったし、俺も食べたいから、坂下さんの分も一緒に買って来てあげるよ。ってね。僕の言いたいことがわかるかい?」


つまり、これまた五十鈴さんと同じ理由だと言いたいのだろう。お金で解決するな、と。


「まぁ、わかるよ」


「しかもそのとき、わた……ごほんっ。私の証言者には、プリンを買ってきてあげるとは言わなかったらしいですね。最低です。その場にいたのに」


「いや、それはそうじゃない?」


なんで俺がわざわざ、五十鈴さんの分まで買う必要があるのか。


「あの……、私の証言も必要ですの?」


「えっ、斎藤さんも俺に恨みが?」


斎藤さんは首を横に振る。


「それはないですわ。でも、財布を盗む理由なら、なくはないですの……」


「そうなの……?」


「財布を盗んで、新しい財布を私がプレゼント。この線なら、残されていますわ」


「最高すぎる線だ」


わざわざ池に財布を落とさなくても、女神と交渉しなくても、ノーリスクで上位互換の財布が手に入る。なんだそれ。人間がダメになるぞ。


「まぁでも、それはないですね。斎藤さんなら、素直に財布を渡すはずです」


「五十鈴さん、それはつまり、斎藤さんが候補から外れることになるけど、いいの?」


「いや、まだ外れないのです。私にはあるのですよ。斎藤さんが財布を盗む可能性のある、決定的な証拠が」


五十鈴さんが、今度は斎藤さんを人差し指で指す。さすがに突きはなかった。


指された斎藤さんは、困ったような顔をする。


「……斎藤さんは、最近マジックにハマっている!」


「なっ……」


「はぁ?」


俺の反応とは対照的に、斎藤さんがかなり驚いている。その様子に満足したのか、五十鈴さんが、鼻で笑った。


「ふっふっ。知らないとでも思いましたか?そもそも今日、斎藤さんがここに来たのは、そのマジックを見せるためなのです」


「なんでそんなことがわかるわけ?」


「ここからは僕が引き継ごう」


引き継ぐというより、それはいいとこ取りな気がするけど、助手としていいのかな。


「斎藤くんの、手を見てくれ」


坂下さんは、斎藤さんの手を掴み、俺に見せてくる。


「ほら、豆ができているだろう?」


「……はぁ」


確かに、言われてみれば、小さい小さい豆ができている。


「これが、マジックを練習した証さ」


ややキメ顔で、坂下さんが言う。


「……いや、いつ斎藤さんの手を見たわけ?」


「今だよ」


「何、引っ掛け問題なの?」


「あーもううるさいのです。斎藤さんの顔を見ればわかります。マジックしたそうな顔をしているじゃないですか」


五十鈴さんが、得意の地団駄を始めた、そのせいで、帽子が少しずつズレていく。聞いたことないぞ。探偵の推理が力技って。


「……参りましたわ」


そこまで責められてもいないのに、斎藤さんは、あっさりと敗北した。二人は仲良くハイタッチをする。


「そうですわ。私、マジックを練習していますの。今から、私が指をパチンとならしたら、喜多川様の財布が戻って来ますわ」


「……」


全員が、一斉に口を閉じた。


そして……斎藤さんが、ゆっくりと手を挙げる。


その指先に、俺たち三人の注目が集まる。やがて中指と親指が、くっついて……。


パチンっ!と、音が響いた。


「……さて、喜多川様。背中を確認してくださいませ」


「背中?」


俺は、言われた通り、背中を触ってみた。


……あった。


確かな感触が、指先から伝わってくる。


それを手に取り、前に持ってきた。


「……俺の、財布だ」


「マジック大成功ですわ!ちなみにタネも仕掛けもございませんの!」


「それ後から言う人初めて見たよ」


「いやー。素晴らしいのです」


五十鈴さんが、拍手をした。


「探偵の推理は成功、マジックも成功、全てが成功に終わったということだね」


うまいこと言ったぜ。みたいな顔をする坂下さん。君達二人が、斎藤さんがマジックをするってわかった理由を、置き去りにしてるけど……。それでも、全てが成功したと言えるあたり、アレなんだなと思う。


「喜多川様。ご無礼をいたしましたわ」


斎藤さんが、ぺこりと頭を下げてくる。俺としては、財布が見つかった時点で、別に他のことはどうでもいいんだけど……。


ただ、一つだけ、気になることがあった。


「斎藤さん、いつ俺のポケットから、財布を抜いたの?」


「電車の中ですわ」


「えっ」


「喜多川様が、自販機でジュースを買うところを見た後、すぐに一緒の電車に乗って、満員電車でしたから、こっそり背後から、財布を抜き取りましたの」


……ガチの泥棒の手口だった。


「これにて一件落着なのです。さて、早く教室に……」


五十鈴さんが、帽子をカバンにしまう途中で、突然、慌て始めた。何度もカバンを探り、無い無いと呟き始める。


……いや、まさかな。


「……財布が、無いのです」


まさかだった。


五十鈴さんが、斎藤さんの方を見る。しかし、斎藤さんは、首を横に振った。


「私知りませんわ。喜多川様の財布しか、取ってないですの」


次に、坂下さんを見る五十鈴さん。


「僕は知らないよ、ノートパソ」


「うるさいのです」


「うん」


叱られて、シュンとしてしまった坂下さんは、ちょっとかわいい。


そして、五十鈴さんは、最後に、俺の方を、まっすぐな目で見つめてきた。


「……喜多川さん」


「いや、取ってないよ?」


「私も、朝……なんなら、学校の前の自販機で、ジュースを買っているのです。きちんとカバンにしまいました。無くすはずは……」


と、ここで、チャイムが鳴った。後五分で教室に行かなければ、遅刻扱いになってしまう。


「……とりあえず、自販機まで戻ってみたら?」


「た、探偵属性の出番なのです!」


「いいから自販機行きなよ」


「これは、とある財布を落としたJKの証言なのです!」


ゴリ押しで、五十鈴さんは、自分の意思を押し通した。


「……今考えると、一旦横のゴミ箱の上に、財布を置いたかもしれません」


「いや、答え出たじゃん」


「今から行ったら間に合わないのです!」


「僕は教室に行くよ……」


ドライな坂下さんが、行ってしまった。俺も後を追いたいのだが、いつの間にか五十鈴さんに、袖を掴まれていて、動けない。


「わ、私、ヘリを呼びますわ!」


「余計に時間がかかるからやめて?」


「じゃあ、バイクを呼びますの!」


「校内でバイク乗らないで。昭和のヤンキーじゃないんだから」


「安心してください。私、こう見えて、全日本お嬢様バイクで綱渡り大会で優勝したことがありますの」


「今すぐやめろそんな危険な大会」


そうこうしている間に、どんどん時間は過ぎて行く。俺は五十鈴さんの手を掴んで、ゆっくりと離そうとする……が、その力は強く、全く離す気がないらしい。


……つまり、一緒に遅刻しろと言いたいのだろう。


「五十鈴さん。今自分が最低なことしてるってわかる?」


「わかり過ぎて草生えてるのです」


「急に変な喋り方しないで」


「私の推理が正しければ、次の遅刻で、生徒指導の先生とご対面なのです」


確かに、五十鈴さんは遅刻が多い。朝練を企画した部長として、それはどうなんだと思うが。


「理由を説明すればいいんじゃないの?」


「無理なのです。もはや私はオオカミ少年。何を言っても信じてもらえないのですよ」


どうやら、ありとあらゆる嘘を使い尽くしてしまったらしい。本当に最低だな……。


「あの、私に考えがありますの」


「聞こうか」


「自販機で、コーヒーを買いますの。それを、生徒指導の先生方に渡せば、少しマシになるのでは?」


確かにそれはいい案だ。しかし、五十鈴さんは首を横に振る。


「……お金ないのです」


切実だった。


「あの財布には、二十三円しか入ってないのです。何も買えない」


それにしてもひどい金額だ。


「じゃあ、私が奢って差し上げますわ」


「いや、それはなんか……」


プライドが傷つく。と言いたいらしい。


……めんどくさい人だな。


「もう、いいのです。私は諦めます。生徒指導の先生とは、タコ属性で会話すればいいのです。ただ口を尖らせて、黙秘」


「余計長引くと思うよ?」


「ほら、行きますよ」


「いや……」


五十鈴さんが、グイグイと俺の袖を引っ張る。


「探偵の私だからわかるのです。喜多川さんは、実はこういう、女の子と一緒に遅刻するというシチュエーションに憧れていると」


「一切そういう癖はないよ」


本当にもう時間がない。あと二分。


「五十鈴さん。そんな往生際の悪い性格は、婚活に向かないよ?」


「婚活なんてどうでもいいのです。大事なのはお金」


「最低すぎる……」


……仕方ない。奥の手を使うか。


「あっ!あっちに婚活情報誌を手に持った宇宙人が!」


俺は遠くを指差し、大きな声で叫んだ。


「な、婚活情報誌!?どこですか!」


今だ!


俺は五十鈴さんの手を振りほどき、教室に向かって走り出した。


「おいこら!待つのです!おいてめぇ!」


引くくらい汚い言葉が、後ろから飛んでくるが、俺は振り返らない。




……その日の放課後、五十鈴さんは来なかった。というより、来れなかったんだと思う。

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