第19話

学校に戻った二人だが、校門を抜けてこっそり校舎へ入ろうとしたところで運悪く学年主任の先生と鉢合わせてしまった。

時間は十時半過ぎ。本来なら二限目の授業中のはずだ。

こんな時間に教室外をうろついているのは誰がどう見てもサボり確定であり、険しい表情の先生に呼び止められた二人はそのまま職員室へ連れて行かれた。


「お前らなぁ!」

わかりやすく大声で怒鳴る学年主任。元々の気難しい性格もあるが生徒への指導となるとより厳しくなる。

授業中ということもあり職員室にいる教師の数はそこまで多くはなかった。

しかしその場にいた教師は皆こちらに目を向ける。

学年主任はスーツ姿でそのジャケットの代わりにジャージを羽織った格好をしていた。そしてかけていたメガネを人差し指の関節部分でクッと上げる仕草をする。


美里は「よりよってこいつに見つかったか」と思っていた。

この学校はそこまで厳しい校風ではない。ゆえにサボる生徒もいる。だが学校としてそれを容認することはできないし、見つけてしまったら教師側も見て見ぬふりはできない。

大抵の教師はきつめに注意はするがすぐに解放してくれる。だがこの学年主任はそう簡単にはいかないのだ。

美里自身がこの男に捕まったことはないが、一年生の時に同じクラスの男子生徒が捕まり彼は説教から次ぐ説教、そして反省文に課題と散々な目にあったと聞いていた。


これから説教が始まるのか。休み時間になれば多くの教師が授業から戻ってくる。かなり面倒くさいことになるぞ、と覚悟した。

だが学年主任よりも先に口を開いたのは紗希だった。


「大変申し訳ございませんでした」

そして「気おつけ」の姿勢から深々と頭を下げる。いきなりの紗希の行動に学年主任も隣の美里もぽかん顔だ。

すぐに気を取り直した学年主任が二人を問い詰める。

「何の為に学校へ来ているんだ?授業をサボって学校を抜け出していいと思っているのか?何をしていた?」

姿勢を直立に戻した紗希が言った。

「授業に出なかったことは大変反省をしております。友人間のことで悩みがあり彼女に相談に乗ってもらうため河原に行っていました」

嘘ではない。嘘ではないが事実とはだいぶニュアンスが異なるぞ、と美里は思った。

追求の厳しい視線が美里へ向けられる。

「そうなのか?」

美里も首を縦に振った。「そうです」

また紗希が深々と頭を下げた。

「今後このようなことは致しません。悩み事の相談とはいえ授業に出なかったことは反省しております。大変申し訳ございませんでした」

思わず「サラリーマンか」とつっこみたくなった。


いやいや、いくらサラリーマンのように謝ったところでこいつの攻略は難しいぞ?と学年主任に目をやると彼は不服そうにはしていてもそこから先程の厳しさは見られなかった。


「君は色々と活動をしていて忙しいのかもしれないが、学業を疎かにしてはダメだろう」

かなり落ち着いたトーンだ。

「はい、その通りです」

同じように紗希も返す。

学年主任は今度は美里を見た。

「君もあまり彼女をそそのかすな。悪い方向へ誘うのは良い友人とは言えないんじゃないか?」

美里が答えるよりも早く返事をしたのは紗希だ。

「彼女は私の一番の理解者であり親友です。今回郊外へ彼女を連れ出したのも私です」

真っ直ぐな目でそう言い切った紗希に学年主任だけでなく美里も、その場にいた教師たちも一瞬息をのみこんだかのように見えた。

そして最後に一言「二度と同じことはしないように」と念を押されて二人は解放された。


職員室から出て廊下を少し歩いたところで二限目の終わりを告げるチャイムがなった。教室から少しづつ生徒が出てきて段々賑やかになってくる。しばらく歩き自分達の教室が近づいてきたところで美里は言った。

「お前すごいな。あの先生めちゃくちゃ厳しい奴だぞ。こんなに早く済まされるなんて思わなかったわ」

ここにきてこれまでしおらしくしていた紗希がニヤリと笑った。

あの見たことあるいつもの顔。

「ああいう説教を受ける生徒の大半は真面目に話を聞かないし反抗的な態度を取るからな。あえて思いっきり真面目に丁寧に謝ってやったんだ。思っていたのと違う反応をされたら拍子抜けするだろ?

それに教師といえど上下関係のある勤め人だ。対生徒なら厳しくなるが、そうでないならあんなもんだよ」

「あのリーマン謝罪狙ってやったのか?」

「もちろん」

「やべぇ。俺絶対お前敵にしたくない」

「敵になる予定があるのか?」

二人は二年四組と二年五組の教室の前に着いた。


「あるわけねーだろ。バーカ」

教師を黙らせるための口から出まかせかもしれない。流れで聞こえの良い言葉を並べただけなのかもしれない。

それでも美里の頭の中には職員室での紗希の言葉が何度も繰り返された。

五組のドアに手をかけた紗希が微笑む。

「昼飯、一緒に食おうな」


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